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2008年10月25日 (土)

北條民雄のこと

 北條民雄『いのちの初夜』(角川文庫、1955年)を読んだ。表題作は、全生病院(現・多磨全生園)に入院した最初の日、戸惑いと絶望を何とか昇華させようともがく気持ちの揺れを写し取っている。自殺に失敗した彼のことを完全に見透かしてしまっている佐柄木という男は、彼の自己内対話で想定された、もう一人の自分なのだろうか。肉体的、精神的、両面の苦痛と苦悩を自分のものにしてしまうこと、ここに生きて死んでいく“人間”というレベルを突き抜けて、生命そのものになりきること、そのように語る佐柄木の考えに触れて、彼はやはり生きていこうという確信を取り戻す。

 実は、“ハンセン病文学”という括りで先入観があって、これまで読もうと思いつつ今回が初めてなのだが、そんなレベルの作品ではないことに改めて気付かされ、己の不明を恥じている次第。何となくあまっちょろいタイトルのせいで手に取るのをためらっていた。もともとのタイトルは「最初の一夜」、北條の作品を世に出すのに尽力していた川端康成が世間受けをねらって改めさせたらしい。

 まあ、しかし、ここで私が何を書いたところで無意味なような気もしている。たとえば、「癩院受胎」という作品では、シェストフを指して、所詮「壮健さん」の書いたもんだ、という感じに軽蔑しきったセリフも出てくる。シェストフなんて言っても今ではほとんど知る人もいないだろうが、大正時代から昭和初期にかけて日本でも流行ったらしい。私の手元にも『悪の哲学──絶望からの出発』(植野修司訳、雄渾社、1967年)という本があるが、ドストエフスキーとニーチェを下敷きに、ニヒリズムを絶叫するタイプ。パラパラとめくり返しても、北條の文章を読んだ後だと、どうにも空回り感が否めない。そういえば、この頃、三木清が「シェストフ的不安について」という論文を書いていた。シェストフがなぜ流行るのかということを取っ掛かりに、昭和初期の不安感をテーマにしていたように記憶している。

 ニーチェといえば、生田長江のことを思い浮かべる。ニーチェ全集を日本で初めて翻訳した彼が、病の中、自身の思想をつづった文章がないものか、気にかかっている。

 高山文彦『火花──北條民雄の生涯』(飛鳥新社、1999年。角川文庫、2003年)は、北條と川端の交流を軸にしながら、北條の一切秘密にされてきた生涯を掘り起こそうとしたノンフィクションである。著者自身が北條に強い思い入れを持っており、暴露趣味などなく、彼のたどった人生をたどろうとする姿勢には真摯なものが感じられる作品だ。

 印象に残ったシーンが二つある。一つは、著者が北條の生家と墓所を訪れたとき、行き会った老婆に場所を尋ねたところ、「そういえば、東京に行って有名になった作家さんがいたらしいね。皮膚病かなんかで死んだそうだけど…」という反応がかえってきたこと。もう一つは、北條が死んだ時、遺骨を引き取りに来た父親が、北條の友人の筆跡を見て「あなたの筆跡は息子のとそっくりだから、我が家宛に手紙を書いてくれませんか」と頼んだこと。郷里では北條は東京で働いていることになっているので、その証拠にしたいとのこと。

 生きていた時ばかりか、死んでからもウソで塗り固めなければならない人生。北條は早くに結婚していた。病の可能性に気付き、妻の体を抱きながら、ウソをついている自分に罪悪感を感じている描写も彼の作品にあった。そして、正直に話したところ、手ひどい“裏切り”にあってしまったらしい。病への偏見の中、人を信頼することの難しさ。畑谷史代『差別とハンセン病──「柊の垣根」は今も』(平凡社新書、2006年)にも、自分のことは他人には絶対に秘密にしておけと親族に言うハンセン病患者のことが取り上げられていた。

 ハンセン病→『砂の器』という発想をするのも実に安易かもしれないが、ウソで塗り固めた人生の辻褄合わせをしようとして殺人を犯してしまうという筋立てに、病への社会的偏見が背景をなしているのは周知の通りである。悪意の全くない老巡査を殺さねばならなかったこと、そして病に冒された父との放浪、そこにかぶさるラストの感傷的な音楽(ちなみに、松本清張の原作では、電子音楽機器が殺人トリックに使われており、映画とはストーリー構成が異なる)、思い出しながらちょっと涙ぐんでいます。ただし、白井佳夫が指摘しているように、日本的な情緒としての“宿命”観に流し込んでしまって問題をうやむやにしてしまいかねない所には要注意(「映画「砂の器」が問いかけてくるもの」、沖浦和光・徳永進編『ハンセン病──排除・差別・隔離の歴史』岩波書店、2001年)。

 なお、北條民雄の「いのちの初夜」が発表されたのは1936年、22歳のとき。翌1937年に23歳で逝去。

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