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2008年9月19日 (金)

ジョルジョ・アガンベン『例外状態』

ジョルジョ・アガンベン(上村忠男・中村勝己訳)『例外状態』(未来社、2007年)

・カール・シュミットの有名なテーゼ「主権者とは例外状態に関して決定を下す者」→『政治神学』の記事参照。
・公法と政治的事実とのあいだ、また法秩序と生とのあいだにある、この無主の地の探究が本書の目的。
・グアンタナモに捕らえられたタリバーンの兵士→戦争捕虜でもなく、囚人でもない→事実としての無限定な拘留者であるに過ぎない、という問題点。例外状態は、政治システムに統合できない人々の物理的除去を可能にしてしまいかねない。合法的内戦、世界的内戦。
・例外状態について公法学者たちは検討してこなかった→政治の問題と考えた。「必要は法律をもたない」という格言。
・「近代の例外状態は、事実と法=権利とが合致するような未分化の領域を創り出すことによって、例外それ自体を法秩序のなかに包摂しようという試み」(55ページ)。「法秩序の外にあり、しかしまた法秩序に属している。これこそは例外状態の位相幾何学的な構造」(70ページ)
・例外状態→法的規範と現実的な強制力とを分離、アノミー(規範の弛緩・欠如した状態)→法的規範の保留、無効→むき出しのありのままの現実を規範化してしまう。
・「…例外状態というのは、そこにおいて適用と規範が互いの分離を提示しあい、ある純粋な法律‐の‐力によって、その適用を停止されていたある規範を実現する──すなわち、適用を停止することによって適用する──ことがなされるようなひとつの空間が開かれている状態である。このようにして、規範と現実の不可能な結合、そしてその結果としての規範的な領域の創出が、例外という状態において、すなわち、それらの連関を前提することをつうじて、操作されるのである。このことは結局のところ、ある規範を適用するためにはその適用を停止し、ひとつの例外を創り出す必要があるということを意味している。いずれにせよ、例外状態は、論理と実践が互いを決定不能状態にし、ロゴスをもたない純粋の暴力がいかなる現実的指示対象ももたない言表内容を実現するふりをしている、ひとつの閾の存在を印づけているのである。」(82ページ)
・例外状態は独裁ではなく、法の空白。イタリアのファシズム体制も、ドイツのナチズム体制も、いずれも現行憲法(アルベルト憲法、ヴァイマル憲法)を存続させたまま、法的には定式化されなかったが、例外状態のおかげで合法的憲法と並立する第二の構造物をつくり上げた。「法学的観点からこのような体制を正当化するのには「独裁」の用語はまったくふさわしくないし、そのうえ、今日支配的となっている統治パラダイムの分析にとっても、民主主義‐対‐独裁という干からびた対立図式は道をまちがったものと言わざるを得ない。」(97ページ)

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