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2008年8月 6日 (水)

岡茂雄『本屋風情』

岡茂雄『本屋風情』(中公文庫、改版、2008年)

 柳田國男、南方熊楠、内田魯庵、濱田青陵、新村出、金田一京助、折口信夫、渋沢敬三、等々…、こうした名前にピンとくる人ならこの本はおすすめだ。岡書院、なんて言っても今では知る人も少ないだろうが、かつて民俗(族)学、考古学、人類学を中心とした学術書を精力的に出版し、姉妹店の梓書院は山岳もので知られた。店主、岡茂雄の回想録。

 文壇関係者の回想録というのはたくさんあるし、どれも読み物として面白いものだが、学会関連でそうした類いの本というのはあまり見かけない。作家たちにはそもそも変なのが多いし、自意識過剰で演出たっぷりにネタを提供もしてくれる。では、学者たちがつまらないかと言えば、そんなことは全然ない。あるテーマにとりつかれるタイプというのはどこかバランスを失してしまうものなのか、良くも悪くも個性的、“濃い”人物群像では文壇ものにひけを取らない。

 たとえば柳田國男という人。私自身、柳田の作品は好きだが、その一方で、性狷介、芳しからぬパーソナリティーのこともよく聞く。『雪国の春』刊行の経緯や『民族学・人類学講座』流産の顛末を読んでごらんなさい。このクソじじい、マジでムカつく。岡と柳田の板ばさみになってしまった折口信夫がオロオロする姿も何だかかわいらしい。怒りをグッとこらえる岡さんに、よくぞ耐えた!と心の中で拍手喝采。

 とは言っても、柳田だってイヤな奴一辺倒でもない。岡は、柳田が色々と便宜を図ってくれたこと、送った朴の木を喜んでくれたことなども思い出して記す。何よりも、こうした様々な人間的な軋轢がありながらも、岡も含めてみんな学問に本当にのめり込んでいる姿が見えてきて、うらやましくもほほえましい。

 岡書院併設の書店にもそうしたアカデミックな雰囲気に誘われて多くの人々が足を運んだらしい。本書の最後、ある学生から「考古学をやるにはどんな本がいいでしょうか」と尋ねられるシーンがある。前にも見た顔なので名前をきくと、「江上です」。私は昔、江上波夫にあこがれて考古学者になりたいと思っていた時期があったので、私的な思い入れとしても感慨深い。

 意外な人的つながりが垣間見えるのもこうした回想録を読む醍醐味。雑学マニアにはたまらない。山階宮家の第三王子藤麿王が岡書院の造本のファンで、東大の卒業論文(『日唐通交と其影響』)の装幀を引き受けて欲しいと頼まれたそうだ。後に臣籍降下した筑波藤麿。戦後、靖国神社の宮司となったが、A級戦犯合祀に慎重な態度を取った人である(次の松平永芳宮司が合祀を強引に進め、昭和天皇が不快感を漏らしていたことは周知の通り)。筑波がもともと歴史学者だったこと、山階鳥類研究所の山階芳麿の弟にあたることは初めて知った。なお、山階も岡の梓書院から『日本の鳥類と其の生態』を出している。

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