「歩いても 歩いても」
「歩いても 歩いても」
野菜を刻み、鍋がコトコトと煮立つ音。年老いた母(樹木希林)が「あなたはいつまでたっても覚えないわねえ」と言うと、長女(YOU)がまぜっかえす、とりとめないおしゃべりが台所から聞こえてくる。開業医だったがすでに引退した父(原田芳雄)は落ち着かなげに散歩に出かける。夕方、カナカナ…と鳴く蝉の声はもう秋の近づく気配を知らせている。ふんだんに用意される料理は子供や孫たちを待ち受けているが、お盆の帰省というわけではなさそうだ。
電車で実家へと向かう良多(阿部寛)の表情は憂鬱で、さっさと切り上げて帰っちまおうと妻(夏川結衣)にブツブツ愚痴っている。子連れで再婚した彼女の方がよっぽど緊張しているのだが、そんなことはお構いなしだ。新しい息子とのギクシャクした距離感、そして彼自身の父に対してわだかまった葛藤。
久しぶりに一堂に会した家族、母はせっせと料理をもてなし、父は所在なげに顔を見せる。他愛ない世間話が交わされる中から、この日は15年前に事故死した長男の命日であることが徐々に窺えてくる。そして、出来の良かった長男と常に比較されてきた良多がコンプレックスを抱えていることも。
家族といっても、一人一人が別の人格の持ち主であるのは当然のことで、それぞれに他には窺い知れぬトゲも心のうちに秘めている。だが、そうしたわだかまりは日常の中に自然に溶け込んでいるもの。それをことさらに特筆大書すればいっぱしの心理ドラマに仕立て上げることもできるが、この映画はそんな安易なことはしない。一見とぼけて人の良さそうな母が本音まじりにふともらす言葉の毒々しさが印象に残ってしまうが、それは裏表のある性格と解すべきではなく、もっと自然に受け流せるものだろう。わだかまりもひっくるめて家族の付き合いがあり、わだかまりも溶け込みながら家族の歴史がつむがれている。
何の変哲もないおしゃべりが続くだけでストーリーに起伏はない。しかし、会話の端々から垣間見える感情が襞をなすように奥行きを持ったところにはむしろ濃縮されたドラマを感じさせ、それがこの映画の本当に良いところだ。もともと私は是枝映画のファンではあるが、この作品が一番好きかもしれない。
【データ】
原作・脚本・監督:是枝裕和
出演:阿部寛、夏川結衣、樹木希林、原田芳雄、YOU、高橋和也、寺島進、他
2007年/114分
(2008年8月17日、シネカノン有楽町二丁目にて)
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