平松剛『磯崎新の「都庁」──戦後日本最大のコンペ』『光の教会──安藤忠雄の現場』
平松剛『磯崎新の「都庁」──戦後日本最大のコンペ』(文藝春秋、2008年)
鈴木都政が都庁を丸の内から新宿へ移転しようとするにあたり、1985年、新都庁舎コンペの話が磯崎新アトリエにももちかけられた。説明会に出席しようとした磯崎は、エレベーターで師匠・丹下健三と図らずも鉢合わせ、磯崎の姿を認めた丹下の不機嫌そうな態度に驚く。会場には前川國男もいた。前川はル・コルビュジエに師事、1931年の帝室博物館(現在の東京国立博物館本館)コンペで敢えてモダニズム様式のデザインを提出して落選した“近代建築の闘将”である。丹下は前川事務所に勤務していたことがあり、前川・丹下・磯崎と三世代の大物建築家が揃い踏み。東京都の財政規模は優に一国レベルに匹敵する。戦後日本最大のコンペが開幕。
磯崎は海外での経験を踏まえて「コンペは、たったひとつの極端に突出したアイデアを捜しているのだ」と語るが、この都庁コンペはいわば減点消去法で審査が進められ、特徴のあるプランは早々に落とされてしまったらしい。丹下案が通ったことについて政治的背景があったかどうかは分からない。ところで、磯崎の提出した超高層を避けた立体格子、巨大球形の浮かぶデザインは、その後、お台場のフジテレビ本社ビルとして現出する。手がけたのは磯崎ではなく、なんと丹下であった。本書の主役はもちろん磯崎だが、“敵役”となる丹下健三という人物の魅力もしっかり描かれている。専門的な話題はかみくだかれているし、文体もユーモラス。磯崎・丹下、二人の愛憎を軸に据えた日本建築史としてとても面白かった。
平松剛『光の教会──安藤忠雄の現場』(建築資料研究社、2000年)
茨木春日丘教会、いわゆる“光の教会”は以前にテレビで見たことがある。安藤忠雄といえばすぐに思い浮かぶのがコンクリート打ちっぱなし。十字架状に切り込まれたすき間から差し込む光は実に荘厳だった。ただし、ギリギリの低予算で工夫しなければならなかったという事情がある。安藤の創造への意気込みと施主側の期待とが必ずしも一致するわけではないし、何よりも、実際に現場に携わる人々の苦労は並大抵ではない。安藤の人柄や彼の示したイメージの魅力はもちろんのこと、現場でのせめぎ合いを通して一つのイメージが形を成していく過程を描き出したノンフィクション。
著者自身も建築家のようだが、ノンフィクション作家としての筆力は高くてなかなか読ませる。建築というテーマで何か取っ掛かりとなる本を探している場合には、まずこの2冊から手にとることをおすすめする。
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