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2008年8月24日 (日)

「胡同の理髪師」

「胡同の理髪師」

 北京、紫禁城裏手の胡同(フートン)、下町の路地裏と言ったらいいのだろうか。いまや近代的な高層ビルの建ち並ぶ北京の中で、エアポケットのように残された古い街並。役人がやって来て、一軒一軒取り壊しの印をつけて回っている。理髪師のチンじいさんは、どうせ自分が火葬場の煙となった後の話だ、と意にも介さないが、息子たちは立ち退き料が気にかかる。テレビでは北京オリンピックを控えた特別番組がうるさい。

 チンじいさんは実在の人物、素人ながらも漂々としたマイペースぶりが実に魅力的だ。じいさんのキャラクターを活かしたドキュメンタリー風の物語となっている。民国2年、1913年の生まれというからすでに90歳を超えている。民国期の軍閥指導者・傅作義や京劇の往年の名優・梅蘭芳などの散髪もしたというから年季の入りようは相当なものである。民国、中共、そして改革開放以降の高度経済成長期と文字通り一身にして三世を経ているわけで、その閲してきた星霜はじいさんの暮らす胡同と分かちがたく溶け込んでいる。

 年齢の割にはかくしゃくとしたもので規則正しい生活を送っている。午前は自転車をこいで、すでに足腰の立たなくなったお得意さんのもとを回り、午後は近所の年寄り仲間と麻雀卓を囲む。一人欠け、二人欠けていく知己のことが自ずと話題にのぼる。死顔の不精髭は仕方がないと誰かが言うと、死に際こそ身だしなみはきちんとしておかなければいけないと力説するチンじいさん。

 この人情味のある街並がギスギスとした近代化の波に呑み込まれ、崩されてしまうのは何とも残念なことである。しかし、そうした成り行きを、意志の強そうな、同時に落ち着きのある眼差しで淡々と受け止めているチンじいさんの佇まいには、諦めというのとは対極的な潔さが感じられる。街と共に、こうしたじいさんもいなくなってしまうことの方が寂しい。

 岩波ホールで上映していたのは知っていたがうっかり観そびれてしまい、シネマート六本木で上映されているのを知って慌てて駆け込んだ次第。情感のしっとりとしたなかなか味わい深い映画で、観逃さなくて本当に良かったと思う。

【データ】
監督:哈斯朝魯
2006年/中国/105分
(2008年8月24日、シネマート六本木)

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