国立西洋美術館「コロー展──光と追憶の変奏曲」
国立西洋美術館「コロー展──光と追憶の変奏曲」
土曜日、今日は上野をがっつり回ってやろうと意気込んで家を出た。
まず、国立西洋美術館「コロー展──光と追憶の変奏曲」が日曜日で最後なので慌てて駆け込んだ。今週、ル・コルビュジエ関連の本を何冊か読み漁ったばかりなのだが、国立西洋美術館も彼の設計。当初は3つの建物で構成する公園計画を立てたらしいが、まだ高度経済成長前の日本には予算がなくて当館だけで計画は進行、彼は興味を失ってしまい、日本人の直弟子たちの指導で何とか完成させたという経緯があったそうな。
それはともかく。朝一番に来たにも拘わらず、会期末なので非常に混雑していた。絵の前を行列がゆっくりと進んでいる。私は列をはずれ、良さそうだと思う絵のところでピンポイントで立ち止まり、行列より一歩後ろにさがって人と人のすき間から覗き込むように見る。どうでもいいのはとばすが、見たいものはじっくり見たいので、そうしないと他の人の邪魔になってしまいますから。
森林や田園風景を描いた絵を特に見たかった。こういう穏やかな静謐感を湛えた風景画を見るとき、技法上のこととか歴史的背景とかあまり深くは考えず、ただひたすらボーっと見ていたい。風景写真を見るのとは違って、微妙な筆遣いによって、風のそよぎとか、陽射しのあたたかみ、静けさ、夕暮れ時のにおい、そういったものが不思議と想像されてくる。画集で見るのもいいけど、本物を目の前にしてるという緊張感があった方がいい。どう言ったらいいのか難しいけれど、とりとめないことを考えながら向き合っていると胸の中で何かすずやかなものが吹きぬけていく感覚をふと感じることがあって、その瞬間が体感的にたまらない。色々と鬱屈した日々を過ごしていますので、そういう瞬間で心を洗っておかないと生きていけません。
「青い服の婦人」とか「真珠の女」とかの女性像もいいが、私は「水浴するディアナ」が好き。構図はアングルの「泉」にそっくりだけど、アングルのタッチの明確さとは違って、少しぼやけた感じに余韻があって、女性の体って本当に美しいものだなあとしみじみ感じ入る。
風景画でも人物画でも、セザンヌ、シスレー、ルノワール、モネ、ゴーガンなどの似た構図の作品と並べて対比させるという展示上の工夫が面白い。
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