桜井啓子『日本のムスリム社会』
桜井啓子『日本のムスリム社会』(ちくま新書、2003年)
日本在留のムスリム人口については特に統計があるわけではなく正確な数字は分からないが、イスラーム諸国会議機構加盟国出身者数を参考に考えると4万人強くらいになるという。インドネシア出身者のパーセンテージがダントツで高い(日本のODA最大供与国として様々な関係があるから)。
パキスタンやバングラデシュ政府は失業対策・外貨獲得の出稼ぎを積極的に奨励している。渡航費用がかなりかかることを考えると、彼らは貧困層ではなく、都市出身者・中卒以上の学歴を有している者が多い。イラン人は、イラン・イラク戦争終結後に増加しており、戦争で荒廃した祖国に職が乏しいという理由の他に、厳格な宗教支配を抜け出し自由を求めてやって来た人々が多く、その点でムスリムとしてよりもイラン人意識が強いという。いずれにしても、相対的に学歴の高い人々が多いにもかかわらず、日本では3K的な仕事しかできないため、複雑な思いを抱えているようだ。
ムスリムにはいわゆる五行(信仰告白、礼拝、断食、巡礼、喜捨)をはじめ食習慣や女性ならヴェールの着用といった様々な戒律があるが、非イスラーム的環境の中でそうした戒律を守り続けるのはなかなか難しい。例えば、勤務時間中に仕事を中断して礼拝するのは気がひけるし、断食による集中力低下について職場の理解が得られない。食生活面では、お店で買ったり外食するものがハラール(戒律上食べてもいいもの)なのかハラーム(禁忌)なのかの判断が難しい。豚肉がダメというだけでなく他の肉でも調理方法が決まっているし、例えば焼き菓子を買ったとして獣脂やアルコール成分が含まれている可能性がある。厳格に守るのは難しく、個人ごとの判断である程度妥協しながら食生活を送っているとのこと。やはり自炊が多くなるらしい。礼拝のため、資金を出し合って手づくりしたモスクの写真が色々と紹介されているが、その努力にはやはり感心する。
定住者が死んだとして、お墓が確保できない。火葬は地獄の業火を連想させるため絶対にダメで(身元不明のイラン人を自治体が火葬してしまって、イラン政府から厳重抗議を受けたことがあるらしい)、土葬でなければならないからだ。
日本人とムスリムとの結婚にも色々な問題がある。イスラームでは男性が重婚することが認められており、日本人女性の方でその点を理解していないとトラブルになる可能性がある。また女性の方でイスラームに改宗する必要がある。イスラームへの改宗は、二人のムスリム男性を証人として信仰告白、つまり「アッラーの他に神はなく、ムハンマドはその使徒なり」という定型句を唱えればその時点で成立する。ただし、それはあくまでも出発点に過ぎず、日々の戒律を守り続けてはじめてムスリムとなるわけで、結婚後にようやく改宗の重大さに気付くケースもあるようだ。
| 固定リンク
「国際関係論・海外事情」カテゴリの記事
- ニーアル・ファーガソン『帝国』(2023.05.19)
- ジェームズ・ファーガソン『反政治機械──レソトにおける「開発」・脱政治化・官僚支配』(2021.09.15)
- 【メモ】荒野泰典『近世日本と東アジア』(2020.04.26)
- D・コーエン/戸谷由麻『東京裁判「神話」の解体──パル、レーリンク、ウェブ三判事の相克』(2019.02.06)
- 下斗米伸夫『プーチンはアジアをめざす──激変する国際政治』(2014.12.14)
「中東・イスラム世界」カテゴリの記事
- 大嶋えり子『ピエ・ノワール列伝──人物で知るフランス領北アフリカ引揚者たちの歴史』(2018.02.22)
- 高橋和夫『イランとアメリカ──歴史から読む「愛と憎しみ」の構図』(2013.04.19)
- 新井政美編著『イスラムと近代化──共和国トルコの苦闘』(2013.02.27)
- ヤコヴ・M・ラブキン『イスラエルとは何か』(2013.02.18)
- まだ読んでない本だけど(2012.04.01)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント