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2008年7月10日 (木)

王柯『多民族国家 中国』

王柯『多民族国家 中国』(岩波新書、2005年)

 本書から読み取れる論点は次の通りだろうか。

①“中華文化”においては先天的な身体特徴ではなく、後天的な文化様式をもとに人間共同体を考える。“礼”の獲得もしくは喪失によって文明と野蛮の転換もあり得る、つまり夷狄であっても“華”になれるというダイナミズムにこそ、“中華文化”が周囲の異民族を次々と引き込んできた魅力がある。従って、現在もウイグルやチベットなど一部の例外を除けば、ほとんどの少数民族は敢えて独立しようという気持ちはない。

②西洋列強が清を脅かす19世紀後半から、主に漢人の革命派の間に“一民族一国家”という国民国家(nation state)の観念が入ってきた。満洲人という異民族によって漢人が支配されていることの不当性を攻撃、中国=漢民族の国という漢民族ナショナリズムが盛り上がった。ただし、辛亥革命によって中華民国が成立すると、多民族状況という現実を目の前にして中華国家=漢民族単一民族国家という考え方は通用しない。そこで、五族協和(漢・満・蒙・回・蔵)というスローガンが打ち出される。それでも、これは五族の合意があった上での話である。モンゴル・ウイグル・チベットの独立を求める動きを受けて、中華民国という枠組みが崩れるのを恐れた孫文は“中華民族”への融合を主張。事実上、“中華民族”=漢民族であり、他民族の同化を意味してしまう。こうしたかつての中華民国の漢民族単一民族国家志向に対し、中華人民共和国は少数民族の存在にも配慮している。

③新疆に対する帝政ロシア・ソ連の干渉、チベットに対するイギリス・アメリカの支援など、歴史的に少数民族の独立運動が大国政治の中で利用され中国分断の危機にさらされてきた経緯があり、国際的な圧力のカードとして使われかねないという懸念を現在でも中国は抱いている。

 中国の民族問題においては、少数民族と漢民族との格差をなくすことが課題であり、ウイグルにしてもチベットにしても経済水準がめざましく向上したので一般的には独立運動は支持されていないと本書は言う。しかし、言論の自由が保障されていない中国社会にあって果たして額面通りに受け止められるだろうか。また、経済開発を進めるにしても、ビジネスツールとして漢語が圧倒的であること、少数民族居住地域への漢族の移住者が増加していることなどを考え合わせると、実質的には同化政策で民族問題の解決を図っているのではないか、少数民族保護といっても所詮建前に過ぎないのではないか、そうした疑いは消えない。東トルキスタン独立運動やチベット問題についても政治弾圧を肯定するスタンスになっているのが気にかかる。

 第一に中国の民族問題について一つの視点からであっても概観できること、第二に漢民族側の内在的なロジックが整理されていること、以上の点では本書は有益である。

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