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2008年7月28日 (月)

ウイグル問題についてメモ②

 ウイグルの問題、あるいはチベットの問題についてもそうだが、いわゆる“ぷちナショナリズム”的なネット世論の中で、中国バッシングの道具として使われる傾向がある、そんな印象が私には強い。もちろん、真面目に考えている人もちゃんといる。しかし、理性的な人は静かに語るけど、思考回路が単純→声のでかい人ばかりが目立ってしまうのがこの世の常。このあたりの違和感は、水谷尚子『中国を追われたウイグル人』のあとがきでも吐露されていた。

 ウイグル問題を日本人のナショナリスティックな動機から中国バッシングの道具として利用するのは、彼らの苦境を他人事して鬱憤晴らしに消費しているだけのことで、私はあまり感心できない。さらに問題なのは、事情をよく知らない日本の一般の人々に対して、ウイグルやチベットの問題→中国バッシング→ああ、右翼の人たちね、みたいな妙な誤解がイメージとして定着しかねないこと。正直に言うと、私自身もかつてそうした色眼鏡で見ていた。

 先日、水谷尚子さんから直接お話をうかがう機会があった。ウイグル問題が日本で妙に誤解されたり政治運動化されたりということについて語るとき、表情にさびしそうな疲れたような翳りがよぎった。水谷さんははちきれんばかりに元気一杯な明るさがとても魅力的で、表情の喜怒哀楽がはっきりした方なので、その時の表情の翳りがなおさら強く印象に残っている。

 水谷さんご自身は研究者として政治的党派性から中立でありたいと考えておられるが、実際には色々なしがらみがあって難しいらしい。それでも、「誤解されるのを恐れて何も言わないよりも、誤解されても言うべきことはきちんと言った方がいい」とおっしゃるのをうかがって、私は襟を正さねばならない気持ちになった。具体的なアクションを取ろうとすれば戦術として政治にも接近せねばならない。しかし、政治は不本意な副作用をもたらすことがある。バランスが本当に難しい。

 それに、水谷さんはウイグル人亡命者からの丹念な聞き書きの仕事を続けつつ、同時に中国への愛着も持っている。『「反日」解剖──歪んだ中国の「愛国」』(文藝春秋、2005年)にしたって、日中双方の風通しの悪さを何とか崩してやろう、その上で良い関係を築いていこうというのが本来の動機だと思う。中国にも愛着があるからこそ、中国政府がウイグル人に対して苛酷な政治弾圧を行なっていることを悲しんでいる。それでも、ウイグル人の置かれた状況を考えれば、やはり異議を唱えざるを得ない。不本意な形で二者択一を迫られてしまう。おそらく、失ったものの大きさに耐え難いつらさも抱えておられるのではないかと心ひそかに推察している。

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