ダウド・ハリ『ダルフールの通訳──ジェノサイドの目撃者』
ダウド・ハリ(山内あゆ子訳)『ダルフールの通訳──ジェノサイドの目撃者』(ランダムハウス講談社、2008年)
スーダン政府のバックアップを受けたアラブ系民兵組織ジャンジャウィード、彼らによってダルフールの非アラブ系民族に対して行なわれている焼き討ち、殺戮、レイプ、その凄惨なあり様についてはここに引き写すのもおぞましい。
ダウド・ハリはダルフールのザガワ族出身。彼自身の村も焼き討ちされ、兄をはじめ多数の親族が殺された。英語が得意なので、隣国チャドに脱出後も、海外のジャーナリストの通訳として6回も命の危険をおかした再潜入をしている。
すべてを失い、絶望しかない中、戦うか、さもなくば無気力に陥るか。彼は自分の村が焼き討ちされて以来、生きているという実感がない。それでも、なおかつ彼が生きる理由は何か。ダルフールに降りかかった惨状を海外の多くの人々に知らせること。外国のジャーナリストたちをダルフールへ案内し、自分の命はどうなろうとも、彼らを生きて脱出させ、彼らの見たままを語ってもらうこと。ダウドは戦う。銃を取るのではなく、得意な英語を武器として。タイトルにある通訳とは、もちろん外国人ジャーナリストの通訳というだけでなく、ダルフールで進行中のジェノサイドを全世界に向けて伝達していくという意味が込められている。
最近、ルワンダ問題に関わる本を何冊か続けて読む機会があった。ジェノサイドを目の当たりにしたとき国際社会はどのような対応を取るべきなのか、解きがたいアポリアにつくづく考え込まされた。映画「ホテル・ルワンダ」(→こちらの記事を参照)のモデルとなったポール・ルセサバギナは時間稼ぎをしながら国際社会の積極的介入を切迫した思いで待っていた(→ポール・ルセサバギナ『An Ordinary Man』の記事を参照のこと)。他方、現地にいた国連平和維持軍司令官ロメオ・ダレールは、彼自身は介入すべきと確信しているのに、国連本部からのゴー・サインが出ない。目の前で殺戮が繰り広げられているのに何も出来なかった後悔から彼はPTSDになってしまったほどだ(→ロメオ・ダレール『悪魔との握手──ルワンダにおける人道の失敗』の記事を参照のこと。この本は必読だと私は思っている)。
当事者も、国際社会の良心も、介入すべきという思いは切実に持っているにもかかわらず、国家主権、国益をめぐる各国のエゴという壁が立ちはだかり何も出来ない虚しさ。国連安全保障理事会も機能しない。拒否権を持つ中国が反対するから、スーダンに対しても、あるいは最近ではジンバブエに対しても制裁決議が通らないのだ。中国はダルフールの天然資源をあてこんでスーダン政府をバックアップし、かの地で続く殺戮を黙認している。北京オリンピックの聖火リレーに対して世界中で抗議デモが繰り広げられ、チベット問題が特に注目されていたが、欧米ではダルフール問題への抗議という意味合いも強かった。
ダルフール問題について日本語で読める本がなかなか見つからなかったので、本書の出版はとても貴重なことだと思う。なお、映画「ホテル・ルワンダ」で主演を務めた俳優ドン・チードルたちがダルフール難民のキャンプを歩いた記録を中心にジェノサイドの問題をテーマとした本を以前にこのブログで取り上げたことがある(Don Cheadle and John Prendergast, Not on Our Watch: The Mission to End Genocide in Darfur and Beyond)。
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コメント
とても興味深く読ませていただきました。
ある日のこと、保田與重郎を検索中、こちらへ飛んで以来、
おおおっと思いまして、ブックマークさせていただいてます。
テーマが多岐に亘るけれども、そこに一本筋が通ってる
のですね、いまどき珍しいお方じゃと思いまして。
投稿: うさこ | 2008年7月31日 (木) 03時28分
うさこさん、はじめまして。過分なコメントをいただいて恐縮です。実は、あまり深く考えずその時々の興味にまかせて適当に書き散らかしているだけでして(苦笑)、ちょっとプレッシャーを感じてしまいます。ともあれ、読んでいただきまして、ありがとうございます。
投稿: トゥルバドゥール | 2008年7月31日 (木) 23時31分
自己のブログを書くために「ダルフール」で検索したらものろぎや・そりてええるさんのブログにぶち当たりました。他の記事もとても勉強になるブログで感激です。
ものろぎやさんのブログを勝手に引用させていただきました(http://blog.goo.ne.jp/kenro5/e/07793c3c943dd07a84e47a017676ac43)。ご迷惑なら削除します。すみません。
投稿: kenro | 2009年3月 1日 (日) 22時39分
kenroさん、はじめまして。引用の件は全く問題ありません。ダルフールの問題も含め、なかなか事情が分からないなか、ハリ氏のように勇気をもって肉声を伝えようという人の存在には色々と考えさせられます。
投稿: トゥルバドゥール | 2009年3月 2日 (月) 00時00分