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2008年7月 5日 (土)

あっ、スティーヴ・ライヒだ…。

 金曜日の夜遅く、少々きこしめして帰宅。着替えながらテレビをつけたら、聞き覚えのあるメロディーが流れてきた。慌ててテレビに近寄ったら、ちょうど演奏が終わり、大きな拍手。帽子をかぶったおっさんがクローズアップ。あっ、スティーヴ・ライヒだ…。今年の5月に来日し、彼自身も参加して「十八人の音楽家のための音楽」を演奏したらしい。私の大好きな曲だ。知っていたら万難を排してでも聴きに行ったのになあ。

 番組が切り替わり、今度はストリング・クヮルテット・アルコの演奏でライヒ作曲「ディファレント・トレインズ」。これも好きな曲だ。以前、タワーレコードで視聴、出だしを聴いた途端、その格好良さにはまってしまった。確か、“教授”(由来は知りませんが、坂本龍一のことです)ご推薦!というポップがあったように記憶している。小刻みに激しい弦楽の反復リズムの上にブオーッとを耳をつんざくような汽笛の音。ところどころでナレーションが入る。後の方になると、弦楽のリズムが遅くなったり速くなったりする中、空襲警報を思わせる不穏なサイレンの音が重なる。

 CDで聴いている分には単に格好良いと思うだけだった。テレビ放映では演奏者の周囲に映像ディスプレイを置くなど演出に工夫を凝らしており、曲の持つ意味合いが視覚的に目に入ってくる。曲に合わせてディスプレイに字幕が流れる。「ドイツ人がやってきました。」「家畜列車につめこまれました。」「ポーランド語の地名でした。」汽車の行き着いた先には「Arbeit macht frei(労働は自由にする)」のゲート…。

 ある時期からライヒはユダヤ人という自らのルーツを探り始め、例えばヘブライ語をテクストとした「テヒリーム」という曲も作っている。作風はミニマリズムだけど、耳慣れぬ言葉と独特の歌い方に不思議な感じがした。

 ユダヤ人問題と言えば、シェーンベルク「ワルシャワの生き残り」という曲も印象に強い。ワルシャワのゲットー蜂起を題材としている。シュプレッヒシュティンメという歌とも語りともつかぬ独特のナレーション。その語りの緊張感が徐々に高まり、最後、悶えるようなうめき声を受け、「聞け、イスラエル人よ」と男声合唱がしめくくる。基本的に英語で、ドイツ人士官の発言部分だけ粗野なドイツ語が使われている。シェーンベルクは当時アメリカに亡命していたものの、ユダヤ系ドイツ人として馴染んだ母語はドイツ語である。しかし、ホロコーストを受けて、ドイツ語は一切使わなくなった。この曲の構成にも、自分の母語なのに、それを憎まねばならないという複雑な思いが反映されている。

 グレツキ「交響曲第三番 悲歌のシンフォニー」はクラシックとしては異例のベストセラーとなったという。第2楽章のテクストはドイツの強制収容所に入れられた少女が壁に書き残した言葉。全3楽章、オーケストラのゆったりと、しかし切ないメロディーに合わせてソプラノ独唱。胸にジンワリとしみこんでくるように美しい。気分が高ぶっている時には本当に涙腺がゆるみそうになる。

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