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2008年6月19日 (木)

林泉忠『「辺境東アジア」のアイデンティティ・ポリティクス──沖縄・台湾・香港』

林泉忠『「辺境東アジア」のアイデンティティ・ポリティクス──沖縄・台湾・香港』(明石書店、2005年)

 民族でも共同体でも、ある集団に自分は帰属しているという自覚──政治学的な意味合いでのアイデンティティ──、これを明確に定義づけるのは極めて難しい。自発的に参加したのか? 同化を強制されたのか? たまたまそこに生れ落ちた運命的なものなのか? その時々に自分たちの直面している死活問題や、自分たちの前に立ちはだかる“敵”は誰なのかという認識に応じても、“自分たち”と“彼ら”との線引きは違ってくる。

 そうした流動的なアイデンティティのあり方が端的にうかがえる舞台として、本書は「辺境東アジア」という地域概念を設定する。具体的には、沖縄、台湾、香港という三つの事例が取り上げられる(できるならばマカオや済州島にも論及したかったようだ)。共通するキーワードは「帰属変更」である。

 フランス革命以来、近代的な国民国家は均質性への強迫観念を特徴とする。日本も中国も(台湾の中華民国も含む)、正統的な「中心」へと彼ら「辺境」を同化しようと圧力を強めてきた。他方、「辺境」側はもう一つの近代的イデオロギーたるリベラリズム(これは多元性を求める)をたてにとり、自分たちの独自性を強調して「中心」へと異議を申し立てる。「帰属変更」という政治的イベントによって様々な軋轢が顕在化したが、それを契機に繰り広げられるアイデンティティ・ポリティクスの諸相について大きく見取り図を描き出そうとしている点で本書は意欲的だ。

 血縁・言語・文化面での親近性は“同胞”としての情緒的アイデンティティ形成を強くしそうにも思えるが、実際には必ずしもそうではない。もちろん、こうした親近性も一つの要因ではある。しかし、ではどこに“同胞”とみなす根拠を求めるのか、そうした判断自体が事情に応じて変わってくるし、その意味で選択的に構築されたものだと言える(本書では、ホブズボームたちによる「創られた伝統」の議論を援用している)。日本による琉球処分以来の沖縄同化政策(伊波普猷の日琉同祖論も大きな影響を与えた)、その後の台湾における植民地支配、また国民党による台湾での「中国人」意識創出(これは日本による皇民化運動と同様の形を取った)など、人為的・政策的な手段によってもアイデンティティは変容し得る。人種・言語・文化などの素材もありつつ、同時にその時代における政治情勢、さらには「どっちにつくのが得策か」という功利的判断も含めて、様々な要因があざなえる縄のごとく絡みあっており、一面的な断定はできない。そうしたアイデンティティ形成プロセスの可視化しがたい複雑さを本書は具体例を通してつきつけてくれる。

 以前、台北の二二八紀念館で日本語世代のおじいさんから話をうかがう機会があった(→詳細はこちらの記事を参照のこと)。1947年、二二八事件における国民党軍による台湾人虐殺について語り、中国人への憎しみと日本への親しみとを語ってくれた。ただし、日本人としてこれを素朴に喜んでしまうのは浅慮だと私は思っている。

 当初、台湾の人々は中国への「復帰」を歓迎していた。ところが国民党は期待を裏切って弾圧を始めた。おじいさんたちの「中国人は残虐だ」という語り口には、一般論としてそうだということではなく、事件をきっかけに「中国人」を他者とみなし、事件の記憶の共有を通して「台湾人」意識が強められた、そうした形でのアイデンティティ・ポリティクスの一面がうかがえる。よく台湾人は親日的だと言われる。しかし、おじいさんの話を注意深く聞いていると、植民地支配を必ずしも肯定してはいなかった。やはり差別はあったのだから、決して気持ちの良いことではなかったと語っていた。ただ、国民党の蛮行に比べれば、日本の方がまだマシだった。あくまでも比較の問題として、国民党=中国人への憎しみが反転して親日感情が強まったという感情面での力学が働いたと言える。

 「親日」にせよ「反日」にせよ、こうした感情面におけるロジックにはアイデンティティ・ポリティクスというべき背景が見て取れる。断定的な議論で矮小化してしまうのではなく、このように輻輳する機微を一つ一つ丁寧に解きほぐしていかなければ、東アジア全体における“感情”の政治を冷静に受け止めることはできないだろう。

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コメント

>国民党の蛮行に比べれば、日本の方がまだマシだった。あくまでも比較の問題として、国民党=中国人への憎しみが反転して親日感情が強まった

>断定的な議論で矮小化してしまうのではなく、このように輻輳する機微を一つ一つ丁寧に解きほぐしていかなければ、東アジア全体における“感情”の政治を冷静に受け止めることはできないだろう。

 たとえば、ある子供が「母が好きだ」という感情も、純粋に母の
もつ能力や識見に敬服して好意を寄せているケースと、一方で、
父を憎むあまりにその反動として母を慕っているようなケースなど、さまざまあると思うが、そういうことを言っているのかね?

投稿: みつぼ | 2008年6月20日 (金) 08時56分

まあ、そういう理解でよろしいでしょう。

投稿: トゥルバドゥール | 2008年6月20日 (金) 09時13分

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