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2008年6月28日 (土)

前嶋信次『アラビア学への途──わが人生のシルクロード』

前嶋信次『アラビア学への途──わが人生のシルクロード』(NHKブックス、1982年)

 中学生、いや小学生くらいの頃から私は広い意味での“東洋学”に憧れを持っていた。きっかけは、NHK「シルクロード」でみた砂漠やオアシスの風景(私がみた時点ではすでに再放送だったが、何回も繰り返し放映されていたように思う。それだけ人気があったわけだ)。井上靖の西域ものも好きだった。江上波夫のユーラシア考古学とも言うべきスケールの大きな学問的営為に魅せられた。長じて哲学的テーマで頭が苛まれるようになってからは、井筒俊彦の文明の枠をのりこえていく根源的思索に驚愕した。

 そうしたことを思い起こすきっかけがいくつかあって本書を手に取った。東西交渉史、イスラム史の先駆的権威、『アラビアン・ナイト』の原典訳でも知られる前嶋信次の思い出話である。

 戦前期、日本におけるイスラム研究がまだ形を成していなかった頃、未開拓の領野に乗り出していこうとするロマンティズムと緊張感。時代の空気が徐々にキナ臭くなりつつある頃だけに、そうした情熱がとりわけ純粋なものとして印象付けられる。東洋学草創期の人物群像が垣間見えるほか、イスラム圏との行き来をもった人々の存在も意外で興味深い。タタール独立運動の志士で日本に亡命していたイブラーヒームのことは井筒俊彦も語っていた(司馬遼太郎との対談「二十世紀末の闇と光」)。

 私などは強い思い入れを持ちながら通読したが、他の人にとって興味ある本かどうかは分らない。ただ、前嶋の他の文章には時々叙情的なものもあるので、そうした作品と合わせて読み直してみても面白いかもしれない。

 以下、蛇足ながら大川周明について脱線。前嶋は戦前・戦中、満鉄の東亜経済調査局に勤務していた。各自の自主性が尊重され、研究環境としては恵まれていたらしい。ここの元締めが大川周明であった。世間的にはエキセントリックな右翼というイメージが強いようだが、前嶋の本書での語り口にしても、あるいは井筒にしても(東亜経済調査局のイスラム関係資料が自由に読めるよう大川から便宜を図ってもらっていた)、大川についての印象は好意的だ。

 イスラム研究の専門家からは大川の学問的パイオニアとしての評価は高い(例えば、山内昌之「イスラムの本質を衝く大川周明」『AERA Mook 国際関係学がわかる』朝日新聞社、1994年。鈴木規夫『日本人にとってイスラームとは何か』ちくま新書、1998年)。しかし、それが一般的な大川理解とは必ずしも結びついていないように見受けられる。

 もちろん、大川の学問とアジア主義者としての政治行動は密接に絡み合っている。だが、そもそも彼が“政治”に目覚めたきっかけは、神保町の古本屋で見かけた一冊の本(コットン著『新印度』)。彼にとって“哲学”の国として憧憬の的であったインドがイギリスの植民地支配に喘いでいるのを本を通して知って、それがその後の情熱的な行動に結びついているというあたり、ブッキッシュな大川の一面がうかがえる。彼のアジア主義においては学問的=理性的にアジアを認識するということが大前提であって、観念論に偏った右翼運動家とは分けて考える必要がある。“右翼”という政治的バイアスを脱色した形で大川を東洋学の系譜に位置付ける議論がもっと注目されてもいいように思う(ちなみに、『東洋学の系譜』というシリーズが大修館書店から出ており、私も好きな本だが、取り上げられている人物は残念ながら帝国大学関係者に偏っている)。

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