ロメオ・ダレール『悪魔との握手──ルワンダにおける人道の失敗』
Roméo Dallaire, Shake Hands with the Devil: The Failure of Humanity in Rwanda, New York: Carroll &Graf Publishers, 2005
二年ほど前、「ホテル・ルワンダ」(→参照)という映画が日本でも公開されて話題となった。映画なのだから映像は作り物だと知りつつも、こんな大虐殺が現代でもあり得るということにやはり非常なショックを受けた。人道的介入というテーマに関心を持ったのもこの映画がきっかけだ。
本書は、国連平和維持軍司令官として居合わせ、ルワンダにおけるジェノサイドをじかに目の当たりにしたロメオ・ダレールの手記である。映画でニック・ノルティ演ずるオリバー大佐のモデルとなった人物が彼だ。
ベルギーはルワンダの植民地統治において、少数派のツチ族を使って多数派のフツ族を支配するという分割統治の手法を取った。両民族の憎悪はルワンダ独立後も尾を引き、とりわけフツ族出身のハビャリマナ大統領はツチ族を迫害したため、ツチ族やハビャリマナ体制に反対するフツ族穏健派はルワンダ愛国戦線(RPF)を結成、政府軍との内戦が続いていた。
1993年、何とか停戦合意が成立し(アルシャ協定)、RPFも含めて暫定政権が発足した。停戦監視のため国連平和維持軍が派遣され、ダレールはこの時に赴任してきた。フツ族はフランス語を話す者が多く、他方、隣国ウガンダ(英語圏)での亡命生活が長いツチ族指導者には英語使用者が多いため、カナダ・ケベック州出身でバイリンガルの彼が選ばれたのである。
停戦合意は極めて不安定なものであった。ハビャリマナの譲歩に不満を抱くフツ族強硬派は秘密裡に動き始め、その影響力は政府与党や国軍、民兵組織(インテラハムウェ)にまで広がり、“The Power”と呼ばれた。後にダレールは“The Power”の影の指導者と直接交渉することになる。会見時に彼らと握手したことがタイトルの由来である。
1994年4月6日、大統領の乗ったジェット機が撃墜されたのを合図に彼らは一斉蜂起する。同年7月にRPFが首都キガリを制圧するまでの100日間で80万人のツチ族やフツ族穏健派が殺されたという。ラジオのDJの軽快な語り口に煽られて多数の一般人が殺戮に駆り立てられたことはよく知られている(このラジオ放送を電波妨害するプランも立てられたが、装備を持つアメリカは、①法的問題がクリアできない、②金がかかる、という理由で拒否したという)。
本書は、1993年10月のダレールの着任から、一連の大虐殺を挟んで1994年8月に彼がルワンダを離任するまでをほぼ時系列にそって記述されていく。血の海に転がる死体の山、そのまえで手斧を置いて、一休みとばかりにタバコをふかしながら談笑する青年たちの姿。教会につめこまれた何百もの死体。道を通れば、そこかしこに死体、死体──。こうした凄惨なシーンばかりでなく、それをじかに目撃せざるを得なかったダレールたちの厳しい苦悩が行間から浮き上がってきて、読み手の胸倉をつかんで離さない。
自分たちは平和維持軍としてやって来て、まさに目の前で大虐殺が繰り広げられているにもかかわらず、何もできなかった──。ルワンダでこの眼で見た光景、鼻についたにおい、そして何よりも自責の念が帰国後も脳裏から離れず、ダレールは自殺未遂までしている。PTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断された。単なる証言という以上に、彼自身の後悔がたたきつけられているような、訴える力を強く持った本だ。
実は、過激派が虐殺の準備をしているという密告が事前にあった。ダレールは彼らの武装解除に踏み込むため、その許可と装備の増強を国連本部に求めたが、すべて却下されてしまった。国連の対外活動には国連憲章第6章に基づく平和維持活動と、第7章に基づく国連軍とがある。平和維持活動はあくまでも中立的な停戦監視が目的で、戦闘行為は想定されていないため軽武装である。ルワンダ平和維持軍のメンバーであったベルギー軍は事態の悪化を受けて撤退してしまう。ルワンダには戦略的価値がないため、これ以上のリスクは冒せないというのが彼らの言い分だ。停戦監視は当事者の和平合意が大前提なので、引き留める法的根拠はない。ベルギー軍の保護を求めて集まっていた人々は、ベルギー軍の撤退直後に皆殺しにされた。アメリカ政府の役人は、コスト計算上、アメリカ兵一人を送るにはルワンダ人8万5千人の命が必要だと言い放つ。前年、ソマリアでの平和強制執行活動が失敗に終わったため(→参照)、アメリカも国連もルワンダへの介入に及び腰になっていた。
そうした中、フランスが部隊を派遣してきたので問題はさらにややこしくなった。フランスはフツ族政府をバックアップしてきた経緯があり、派遣軍の中にはフツ族軍部に軍事教練を施した者まで含まれていた。RPFはフランス軍を警戒しているし、実際に、フツ族政府軍の側に立ってRPFと戦うと公言するフランス軍将校すらいた。彼らが首都キガリにくると戦争状態になってしまうのは目に見えている。必要な援助は誰もしてくれず、来て欲しくない奴らが勝手に押しかけてくる。ダレールはフランス軍司令官と交渉して、ルワンダ南西部に“人道的安全保障地帯”を設定するにとどめさせた。RPFに敗れたフツ族過激派はここに逃げ込んでしまった。
国連本部との意思疎通の悪さ、さらには安全保障理事会常任理事国、とりわけフランスとアメリカの“リアル・ポリティクス”のせいで必要な対応が何も出来ない。ダレールたち現場の人々がジリジリと焦る姿には、紛争解決・平和構築の障碍となる問題が集約されている。ジェノサイドで孤児となった子供たちが、結局は暴力と憎悪の連鎖を断ち切れないのではないかという彼の不安には考えさせられてしまう。
著者のダレールは現在、カナダの上院議員。他方、ハーヴァード大学ケネディ行政学院カー人権問題リサーチセンターなどで自らの体験をもとに講義を行なっている。
| 固定リンク
「国際関係論・海外事情」カテゴリの記事
- ニーアル・ファーガソン『帝国』(2023.05.19)
- ジェームズ・ファーガソン『反政治機械──レソトにおける「開発」・脱政治化・官僚支配』(2021.09.15)
- 【メモ】荒野泰典『近世日本と東アジア』(2020.04.26)
- D・コーエン/戸谷由麻『東京裁判「神話」の解体──パル、レーリンク、ウェブ三判事の相克』(2019.02.06)
- 下斗米伸夫『プーチンはアジアをめざす──激変する国際政治』(2014.12.14)
「ノンフィクション・ドキュメンタリー」カテゴリの記事
- 武田徹『日本ノンフィクション史──ルポルタージュからアカデミック・ジャーナリズムまで』(2019.02.04)
- 髙橋大輔『漂流の島──江戸時代の鳥島漂流民たちを追う』(2019.02.02)
- チャイナ・ミエヴィル『オクトーバー──物語ロシア革命』(2018.02.20)
- 稲葉佳子・青池憲司『台湾人の歌舞伎町──新宿、もうひとつの戦後史』(2018.02.13)
- 佐古忠彦『「米軍が恐れた不屈の男」──瀬長亀次郎の生涯』(2018.02.14)
「アフリカ」カテゴリの記事
- ジェームズ・ファーガソン『反政治機械──レソトにおける「開発」・脱政治化・官僚支配』(2021.09.15)
- ロメオ・ダレール『なぜ、世界はルワンダを救えなかったのか──PKO司令官の手記』(2012.09.17)
- キャロル・オフ『チョコレートの真実』(2012.04.04)
- 白戸圭一『日本人のためのアフリカ入門』(2011.04.09)
- 川又一英『エチオピアのキリスト教 思索の旅』、蔀勇造『シェバの女王──伝説の変容と歴史との交錯』(2011.02.28)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント