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2008年5月13日 (火)

ポール・ルセサバギナ『An Ordinary Man』

Paul Rusesabagina, An Ordinary Man, Penguin Books, 2007

 先日、ロメオ・ダレールShake Hands with the Devil(→参照)を取り上げたが、引き続きルワンダもの。映画「ホテル・ルワンダ」(→参照)は本書の著者ポール・ルセサバギナの実際の体験に基づいて製作された(ただし、本書が執筆されたのは映画公開後しばらくしてからのこと)。顔つきは穏やかだがスレンダーな体型がいかにも機敏そうな名バイプレイヤー、ドン・チードルがルセサバギナ役として主演していた。

 ルセサバギナはもともと神父になるつもりだったらしいが、ひょんなきっかけからホテルマンとして働くようになった。大虐殺が起こったときには、ルワンダで一番の高級ホテルでマネージャーを務めていた。

 本書のタイトル、An Ordinary Man──ただの人、普通のごくありふれた人といった意味合いになるだろうか。「ホテル・ルワンダ」公開後、彼はいわば英雄扱いされるようになったが、かえって居心地が悪かったようだ。それは単に謙遜ということではない。ホテルのマネージャーの仕事は、好きな客だろうが嫌いな客だろうが関係なく、彼らに話しかけ、ホテルに滞在する限りは精一杯のおもてなしをすること。フツ族過激派の血にまみれた手から逃れたツチ族難民がホテルに押し寄せてきた。彼らもホテルの中に入った以上は大切なゲストであり、最大限の安全を図ることがマネージャーとしての責務となる。彼自身の妻がツチ族だという事情があるにせよ、それ以前の問題として、一人一人が自分の仕事の筋を通して自分の置かれた立場の中で最大限の努力をすること、英雄的かどうかではなく自分自身のごく当たり前な責任を果すこと、そうした積み重ねがなければ狂気を押しとどめることはできない。そこにこそ、An Ordinary Manというタイトルに込められたメッセージがある。

 彼は名門ホテルのマネージャーとしてルワンダ国内のVIPに顔が広い。過激派指導者の中にも知己はいる。過激派民兵がホテルをすっかり取り囲み、いつ突入されてもおかしくない状況の中、過激派指導者や警察にワイロを惜しまず、国連や全世界に電話を掛けまくって一日一日と時間稼ぎを続ける。使える手段はすべて使う。金、酒、何よりも言葉が彼の武器だ。

 隣人が殺戮者に変貌し、同じ学校に通っていたクラスメートが襲い掛かり、果ては夫が妻を手斧で切り刻んでしまう。そうした描写の凄惨な有り様は言うに及ばず、紛争が終わった後も社会全体に影を落とす記憶の闇は深刻だ。ルセサバギナは亡命先のベルギーで、かつてルワンダの自宅の近所に住んでいた男を見かけた。大虐殺の始まった夜、彼もまた戦闘服に身を包んでうろついていたのを目撃していた。その彼は、いまや異国の地でスーツを着こなしたビジネスマンとして談笑している。ルセサバギナはふさぎ込んで言葉も出なかった。ジェノサイドで手を下した者たちがルワンダの内外で平穏な生活を続けていること自体が、生き残った人々の心に言い知れぬ闇を深めている。

 ルセサバギナは現在、ベルギーでタクシーの運転手をしているという。反政府軍・ルワンダ愛国戦線(RPF)がフツ族過激派を敗走させ、首都キガリを制圧して大虐殺が終わってから2年後、彼は利権絡みの政治的陰謀で亡命せざるを得なくなってしまったのだ。RPFの指導者でツチ族出身のポール・カガメが大統領となったが、彼もまた強権的な独裁体制を敷いている。踊り手は代わっても、同じ音楽が流れ続けている──ルセサバギナの使うレトリックは優雅だが、ここに込められた基本的な問題は何も変わっていないという憤懣には一体どのように向き合えばいいのだろうか。

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コメント

映画を観て興味を持ち、ポール・ルセサバギナ氏の著書を読みました。

>一人一人が自分の仕事の筋を通して自分の置かれた立場の中で最大限の努力をすること、英雄的かどうかではなく自分自身のごく当たり前な責任を果すこと、そうした積み重ねがなければ狂気を押しとどめることはできない。そこにこそ、An Ordinary Manというタイトルに込められたメッセージがある。

『ホテルルワンダの男』というタイトルからは読み取れない著者のメッセージですね。かといってAn Ordinary Manという原題を直訳しただけでは伝わりにくい内容でもあるのかも。

これから、邦題と原題両方にこめられたメッセージを味わい、著者のメッセージを受け止めたいと思いました。

投稿: ETCマンツーマン英会話 | 2014年6月13日 (金) 13時23分

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