剣持久木『記憶の中のファシズム──「火の十字団」とフランス現代史』
剣持久木『記憶の中のファシズム──「火の十字団」とフランス現代史』(講談社選書メチエ、2008年)
フランス共産党内部の主導権争いに敗れた後、一挙に対独協力へと突き進んだジャック・ドリオのフランス人民党。王党派右翼シャルル・モーラスのアクシオン・フランセーズ。これらと共に「火の十字団」という名称にもおどろおどろしいイメージを私は持っていた。もし1940年に予定通り総選挙が行なわれていたら、この「火の十字団」に基盤を置く「フランス社会党」(現在のフランス社会党とは関係ない)が第一党になったかもしれないという。フランスにもファッショ独裁の気運があったのか、と早合点してしまいそうだが、本書によると事情はだいぶ違うらしい。
「火の十字団」はもともと退役軍人の親睦団体として生まれた。この名称は、戦場(feu=火)で戦功章(croix de guerre=戦場の十字勲章)を授けられたからということに由来し、それ以上の深い意味はない。政策綱領は穏健保守的で、ヨーロッパ右翼に特徴的な反ユダヤ主義などの過激な主張は見られない。そもそも、指導者のラロック大佐は右翼陣営から非難を受けていた。その後、ヴィシー政権下ではペタン元帥と関係を持ちつつも対独協力はせず、ドイツ軍によって逮捕された。収容所内で体をこわし、解放後も、今度はフランス政府によって“保護拘束”を受けたためさらに体調を悪化させてしまい、1946年に死去。
なぜ穏健保守派に過ぎないラロックにファシストというイメージがつきまとったのか? 1930年代のヨーロッパはイタリア・ドイツの全体主義に脅かされていた。そうした情勢下、フランスで成立した人民戦線は総選挙で票を集めるため、フランス国内にも明確な敵を必要としていた。そこで目をつけられたのが、保守層の支持を集めつつあったラロックである。マスメディアを通じてラロック=ファシストのプロパガンダ攻勢をかけた結果、この実態にそぐわないイメージが定着してしまった。
一度定着してしまったイメージというのは恐ろしいもので、それがすなわち事実とみなされ、歴史に記載されていく。戦後におけるラロックの遺族による名誉回復を求めた孤独な奮闘にも本書はたびたび触れる。ラロックという人物を主人公としたフランス現代史として興味深いだけでなく、歴史認識において根拠のないイメージがいかにすり替わり得るかという実例としても考えさせられる。
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