« ジェフリー・サックス『貧困の終焉──2025年までに世界を変える』 | トップページ | 「砂時計」 »

2008年4月28日 (月)

ポール・コリアー『最底辺の10億人』

Paul Collier, The Bottom Billion : Why the Poorest Countries Are Failing and What Can Be Done About It, Oxford University Press, 2007

 前にジェフリー・サックス『貧困の終焉』の記事で触れたように、いまや全世界人口60数億人のうち、6分の5に相当する人々はすでに経済開発の梯子に何らかの形で手をかけている。もちろん程度の差はあるにせよ、ひとたび手をかけることさえできてしまえば、将来の展望は決して暗くはない。

 しかし、経済開発の梯子から完全に切り離され、先の見通しの全く立たない人々が取り残されてしまっている。the bottom billion──最底辺の10億人、つまり全世界人口の6分の1にあたる人々である。ほとんどがアフリカ諸国である。国連のミレニアム・プロジェクトでは貧困撲滅の開発目標が掲げられているが、その目標では対象を広げすぎてかえって効果が少ない。従って、この最底辺の10億人にしぼりこむべきだとポール・コリアーは主張している。

 援助団体に多く見られる左翼志向の人々は、第三世界における貧困の原因を資本主義のグローバリゼーションに求めようとするが、市場経済の構築を通して輸出志向の国づくりを進めることが貧困解消に有効であることをイデオロギー的に否定してしまうのはおかしいと著者は批判する。また、ジェフリー・サックスについては、彼の情熱には共感できるものの、援助に重きを置きすぎていると指摘する。では、市場経済主義が万能かといえば、そうでもない。国内的な条件が整わないうちに経済自由化を進めてしまうと、せっかく投下された資本や訓練を受けた人材が海外に流出してしまう。取るべき手段に関して特定の政治的立場による偏見を持ってはならない。問題の対象はしぼりこみ、解決の手段に関してはあらゆるものを組み合わせるべきだ。

 貧困から脱け出せなくしている足かせをtrap=罠と表現している。紛争の罠、自然資源の罠(後述)、内陸国の罠(being landlocked、サックスも指摘していたが、地政学的に輸送コストが高くつく問題)、腐敗・非効率なガバナンス(bad governance)の罠など。その国が抱えている罠の種類や組み合わせによって、対処すべき方法はそれぞれ異なる。この点ではサックスの臨床経済学の考え方と同じだ。援助、安全保障、法や憲章による国際的な制度枠組みづくり、貿易など、適宜有効な手段を組み合わせること。

 紛争の罠に対しては軍事干渉も有効だ。イラクのように泥沼の交戦状態に入らなくとも、軍事的な威嚇を示して紛争を抑止することは可能である。極端な例だけをピックアップして否定しまうのはそれだけ可能性を狭めてしまうことだ。イラク問題に関しては、戦争によって体制転換を行なおうとした現状と、それ以前に平和的に体制転換を促した場合とでのコスト試算を示し、後者の方法への努力を促す。

 紛争終結直後の援助が一番危険だという。金の臭いをかぎつけた軍部がクーデターを起こしやすいからだ。紛争終結直後の援助では、金をその国には渡さず、スタッフの雇用・派遣によって技術援助を進める方がいい。数年ないし10年くらい経ち、人的・システム的基盤が整ってから、戦略的・集中的に金銭的援助をつぎこむ。そうすれば、現在のようにダラダラと金を渡すよりもはるかに経済的なテイクオフに効果的である。この段階になれば、粗野な軍閥指導者に対抗できるだけのテクノクラート層が育っており、彼らの改革志向の努力を国際社会は応援すべきだと本書は主張する。

 自然資源の罠には経済面・政治面の二つで問題がある。経済的には、自然資源輸出に依存すると、国内産業力に比して通貨価値が上昇してしまい、国際競争力が弱まってしまう(Dutch Disease=オランダ病というらしい)。政治的には、たとえ選挙による民主主義が制度として実施されても、自然資源による収入を握る指導層が利権誘導を行って腐敗が温存されてしまう。現在、中国はアフリカで資源外交を展開しているが(もう一つの理由は、台湾承認国の切り崩し)、これが“最底辺の10億人”の貧困状態を固定化させてしまっている、中国から彼らを守るべきだと警鐘を鳴らす指摘(pp.86-87)が目を引いた。

 ポール・コリアーは世界銀行に勤務した経験があり、現在はオックスフォード大学アフリカ経済研究所の教授。今年、国連の潘基文・事務総長が年頭の記者会見で「2008年を“bottom billion”の年にしよう」と語ったように(→http://www.un.org/News/Press/docs/2008/sgsm11360.doc.htm)、近年、このキーワードは注目を集めている。

|

« ジェフリー・サックス『貧困の終焉──2025年までに世界を変える』 | トップページ | 「砂時計」 »

アフリカ」カテゴリの記事

国際関係論・海外事情」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/197828/41020659

この記事へのトラックバック一覧です: ポール・コリアー『最底辺の10億人』:

» [読書][経済] 最底辺の10億人 ポール・コリアー/日経BP社 [Sagittariusの備忘録]
本書の意義  これまで一様に「貧しい」と形容されてきた途上国は、「急激にあるいはそこそこに成長する」40億人のいる国々と大部分がサハラ以南のアフリカに集中する「停滞または経済が縮小してゆく」10億人のいる国々の2つに分裂した。本書は後者にスポットを当て、それら... [続きを読む]

受信: 2008年9月25日 (木) 18時27分

« ジェフリー・サックス『貧困の終焉──2025年までに世界を変える』 | トップページ | 「砂時計」 »