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2008年3月 2日 (日)

最近読んだ小説で雑談

 最近読んだ小説の備忘録がわりに。気分が鬱屈してくると、ついつい小説に逃げてしまう。自分とは違う人生のありように思いをめぐらし、喜怒哀楽を追体験することで、振り返って自分自身を考える…こともたまにあります。

 吉村昭は丹念な資料調査と取材を通した緻密な筆致による歴史小説で知られ、たとえば山内昌之の書評集にもよく取り上げられているように、歴史家からの評価も高い。私も吉村の歴史小説はよく読んだが、実は現代小説も好きだ。人生にどこか引け目、負い目を抱えている人間の屈折した心理を描き出した作品が多く、そういったものに私は気持ちがひかれる。たとえば、出獄者の社会復帰、駆け落ちした男女、吉村自身の若い頃の心境を映し出しているのか療養生活で人に頼らざるを得ない境遇、等々。『仮出獄』(新潮文庫、H3年)、『秋の街』(文春文庫、1988年)、『蛍』(中公文庫、1989年)、『遅れた時計』(中公文庫、1990年)、『遠い幻影』(文藝春秋、1998年)、『見えない橋』(文藝春秋、2002年)、そして遺作となった『死顔』(新潮社、2006年)などを立て続けに読んだ。

 山本周五郎『深川安楽亭』(新潮文庫、1973年)を久しぶりに読み返した。初めて読んだのは確か中学生の頃だったと思うが、それ以来のこと。ところどころ、意外とストーリーは覚えていた。江戸期人情ものでも、藤沢周平の生真面目さや、最近だと山本一力の前向きなひたむきさもそれなりに良いとは思うけれど、山本周五郎のどこか哀感をもって突き刺さってくるトゲのようなものも捨てがたい。連想的にふと思ったが、池波正太郎は、食い物や散歩のエッセーは少しばかりは読んだことがあるが、小説は全く読んだことがないな。『真田太平記』とか『雲霧仁左衛門』とか、どうも手に取る気にならない。

 先日、台北に行ったとき、安呢宝貝(アニー・ベイビー)『蓮花』(台北:遠流出版、2008年)が誠品書店のベストセラー1位になっていたので買った。中国語の復習がなかなか進まず、まだ読んでませんが…(外国語で論文を読むのは面倒ではあっても苦にならないが、辞書をひきながら小説を読むとつまらなくなって途中で投げ出しちゃうんだよなあ)。大陸・台湾も含めた中国語圏で大ベストセラーとなった『さよなら、ビビアン』(泉京鹿訳、小学館、2007年)のさらりとしたタッチは嫌いじゃない。中国語復習のためにと思い、中国語原本の『告別薇安』(南海出版公司、2002年)を神保町の内山書店で買い求めたところ、売場のおばさんから「この本、最近よく売れるのよ。何かあったんですか?」ときかれた。私も思い当たるところはなかったので「さあ…」と生返事で終わってしまったのだが、ひょっとしたら日本語訳が出たから、私のように対訳的に勉強しようという人がいるのだろうか。『蓮花』の台湾版と大陸版とを比べると、前者の方が装丁も造本もきれいだ。台湾版には著者デビュー当時の近影が載っている。ちょっときつめだけど今風に清楚な美人という感じで、結構好きです。今はだいぶおばさんになってますが…。

 衛慧(ウェイ・ホェイ)『上海ベイビー』(桑島道夫訳、文春文庫、2001年)は生々しいセックスやドラッグの描写で中国では発禁処分を受けたらしい。その一方で哲学や文学からの衒学的な引用も混ぜ合わされており、理屈ではないレベルで、直接的に何かを、他ならぬ自分自身を感じ取ろうというもがきのようなものを受け止めながら読んだ。王文華『蛋白質ガール』(納村公子訳、バジリコ、2004年)は台北を舞台として現代若者風俗を描く。ブランド名を並べ立てる描写が田中康夫の『なんとなくクリスタル』みたいな感じだが、全然面白くなかった。台湾ではベストセラーになって続編も出たらしいが、今では台北の書店でも棚ざしで1、2冊あればいいという程度。映画上映に合わせてアイリーン・チャン『ラスト、コーション 色・戒』(南雲智訳、集英社文庫、2007年)が刊行された。表題作を含む短編集。通俗ラブストーリーという噂を聞いていたけれど、封建的家族制度と近代的男女関係の葛藤というテーマが見える作品もあったりして意外と読みではある。

 台北の書店を歩きまわったとき山本文緒の翻訳本を割合と見かけたので、帰国してからいくつか読んだ。『プラナリア』(文春文庫、2005年)だけは読んだことがある。人生上の戸惑いをクールに描く感じが結構嫌いじゃないという印象があった。『ブルーもしくはブルー』(角川文庫、1996年)、『ブラック・ティー』(角川文庫、1997年)の2冊を手に取ったけど、意外とシニカルな毒もあって読ませる。『群青の夜の羽毛布』は、原作は読んでいないが、映画は主演の本上まなみ目当てで観に行った覚えがある。

 明日は休みだという日の会社帰り、書店に寄って普段は読まない作家の新刊や文庫本を物色するのが大好き。帰って、布団にくるまりながらページをめくり、夜更かしするのが至福の時間である。

 打海文三『裸者と裸者』(上巻・孤児部隊の世界永久戦争、下巻・邪悪な許しがたい異端の、角川文庫、2007年)は、異民族も入り乱れて内戦状態となった日本を舞台にした少年少女たちの成長譚。と言えば聞こえはいいが、暴力もセックスも何でもありのアナーキーな世界でしぶとく戦い抜く姿がなかなか爽快。池永陽『国境のハーモニカ』(角川文庫、2007年)は在日朝鮮人や外国人労働者などエスニシティーの問題を題材としているが、意外とリリカルで嫌いじゃない。矢口敦子『償い』(幻冬舎文庫、2003年)は人の心にささった痛みをめぐって連続殺人事件がおこるというミステリ。天童荒太『永遠の仔』にしてもそうだけど、幻冬舎は心理的トラウマをテーマとした小説が多いな。売れるからだろうな。ありがちなパターンだなあと思いつつ読んじゃうんだけどね。沼田まほかる『九月が永遠に続けば』(新潮文庫、2008年)もサイコ・ミステリーという感じ。伊坂幸太郎『死神の精度』(文春文庫、2008年)は、対象者の身辺を調査する“死神”を主人公とした連作短編集。金城武主演で映画化されたらしい。伊坂幸太郎の小説はそんなに好きというわけではないんだけど、ストーリーテラーとしてはやはりうまいよね。

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