田月仙『禁じられた歌──朝鮮半島 音楽百年史』
田月仙(チョン・ウォルソン)『禁じられた歌──朝鮮半島 音楽百年史』(中公新書ラクレ、2008年)
むかし、イム・グォンテク監督「風の丘を越えて──西便制」(1993年)という映画を観たことがある。パンソリ歌いの旅芸人父娘の愛憎を描いていた。私が「アリラン」を初めて聴いたのはこの映画だったように思う。先週観たばかりの「黒い土の少女」でも炭鉱夫たちが歌っていた。韓国文化を考える上で「恨」(ハン)というキーワードが必ず取り上げられるが、この定義しがたい言葉のイメージを、私は「アリラン」のメロディーに流れる強い感情と哀愁とから受け止めている。「アリラン」の発祥はよく分かっていないらしいが、日本の植民地支配、南北分断、軍事政権、様々な苦難の中で歌い継がれてきたことが本書からもうかがえる。
都節とかヨナ抜きとか楽理的なことはよく分からないが、植民地時代を通して韓国には日本歌謡の影響が強く残っていた。民族主義の見地から「倭色」のある曲は禁じられたが、他方で朴正熙大統領自身は日本の歌を好んで歌っていたらしい。皮膚感覚になじんだ音楽とナショナリズムという政治的正統性との葛藤が興味深い。植民地支配時代に無理やり日本に協力させられた音楽家が、戦後になって一律に「親日派」として指弾されてしまうあたりにも歴史の悲哀を感じさせる。
著者は日本、朝鮮半島、両方で活躍するソプラノ歌手。当事者へのインタビューを通し、音楽という側面から見る朝鮮半島現代史として興味深く読んだ。
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