君塚直隆『女王陛下の外交戦略──エリザベス二世と「三つのサークル」』
君塚直隆『女王陛下の外交戦略──エリザベス二世と「三つのサークル」』(講談社、2008年)
1979年、ルサカ(ザンビアの首都)、コモンウェルス(イギリス連邦)諸国首脳会議でのエピソードが私には印象的だった。イギリスからは首相になったばかりのサッチャーが出席したが、南ローデシアの人種隔離政策への対応などアフリカ問題に消極的な保守党政権に対して、アフリカ諸国首脳は敵意を露わにしていた。他方、エリザベス女王については「人種的に偏見がない」(colour blind)として彼らは好意的。一人ポツンと孤立していたサッチャーをアジア・アフリカ諸国首脳たちに次々と紹介していったのが、他ならぬ女王陛下その人であった。これをきっかけに、晩餐会ではザンビアのカウンダ大統領がサッチャーにワルツを申し込んで一緒に踊り、会議に漂う空気の流れが一変。南ローデシア問題への結論はまとまり、サッチャーはアフリカ問題に積極的に取り組むようになる。
二つの世界大戦を通して大国としての地位からすべり落ちたイギリスが戦後の国際政治の中で一定の影響力を維持するために注意を払わねばならないサークル=国家群が三つあった。アメリカ、コモンウェルス、ヨーロッパ──この三つのサークルとの信頼関係構築にイニシアティブを発揮した存在として本書はエリザベス二世に焦点を当てる。
政治・外交の現場にあっては、一対一の生身の人間関係が意外とものを言う。政治家や外交官は任期に限りがあるし、また世論を意識して成果を焦りやすい。他方、王族にはそうした制約がないため、ゆっくりと時間をかけて政治的に中立の立場から他国の王族・国家元首たちとの人間関係を築くことができる。政府が行なう外交のハードな部分が行き詰ったとき、王室外交のソフトな部分を危機回避に役立たせることができる。
エリザベス後の国王には誰がよいかという世論調査では、チャールズ皇太子よりもウィリアム王子の人気の方が高いらしい。しかし、長年にわたる経験と人脈の蓄積があってはじめて王室外交は成立する。また、伝統の積み重ねという点を考えても、人気投票的に国王を決めるわけにはいかない。日本の皇室について考える上でも示唆するところは大きい。
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