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2008年3月20日 (木)

松本清張『小説東京帝国大学』、立花隆『天皇と東大』、他

 久野収・鶴見俊輔『現代日本の思想』(岩波新書、1956年)という本があった。私は古本屋でみつけて読んだことがあるが、今でも入手できるのだろうか。いわゆる“顕教”と“密教”という比喩で戦前期天皇制の特徴を整理した指摘でよく知られている。つまり、一般国民に対しては天皇の神聖さをたたき込む(顕教)一方で、統治エリート(主に帝国大学出身者)がくぐる高等文官試験では天皇機関説を踏まえた出題がされる(密教)という二元構造があったが、顕教による密教征伐によって“天皇制ファシズム”へ突き進んだという枠組みを提示している。こうした説明が一定の説得力を持つことから窺われるように、天皇制というタブーと近代日本の諸問題との緊張感をはらんだ結節点の一つは最高学府たる帝国大学に見ることができる。

 松本清張『小説東京帝国大学』(上下、ちくま文庫、2008年)は、いわゆる哲学館事件から説き起こされる。ある生徒の書いた答案中に「弑逆」という言葉があったのを文部省の視学官がみつけ、これは不敬であるとの口実をもとに哲学館(現在の東洋大学)から中等教員無試験資格を取り消してしまう。この背景には、政府に従わない可能性のある私学を排除して、官学だけで教育システムを独占しようという思惑があったという。天皇制というタブーと、これを利用して統治の効率化を意図する官の動きとがほのめかされる。

 かつて久米邦武は「神道は祭天の古俗」という論文で帝国大学教授の地位を追われたが、教授陣で擁護する人は誰もいなかった。しかし、対露強硬論を吐いて政府批判をした戸水寛人教授及びその監督責任者の山川健次郎総長の進退問題に発展したとき、教授陣は連袂辞職の姿勢を見せて抵抗したのは天皇というタブーが絡まなかったからだという。他にも、南北朝正閏論争や大逆事件なども取り上げられる。

 小説の題材として無味乾燥になりがちな学者の世界を読み物として読みやすく仕立て上げているのは感心するが、清張現代史論にありがちな陰謀史観が鼻につくので、ここは注意して読むほうがいいだろう。

 立花隆『天皇と東大』(上下、文藝春秋、2005年)は明治における東大の設立から敗戦に至るまで、学者たちの動向に主軸を置きながら日本の近現代史を彩る諸問題を通観する。膨大な史料にあたって詳細な事実関係を積み重ねる書き方なので安心して読めるし、私のような現代史オタクには実に面白い本だ。参考文献一覧は資料集としても役に立つ。

 大きな焦点の一つはやはり天皇機関説問題だろう。よく知られているように、他ならぬ昭和天皇自身が機関説論者で、立憲君主として振舞うべく自らを厳しく律していた。二・二六事件の青年将校も天皇機関説問題で騒ぎ立てた論者も、その点で実は聖上のご意志に背いていたという根本的な矛盾があったということは現在から振り返ってみると非常に不可思議な現象である(付け加えると、青年将校たちがイデオロギー的に依拠した北一輝もまた機関説論者であったことにも奇妙な矛盾がある)。美濃部達吉への処分は、天皇機関説そのものが不敬であるということではなく、「社会の安寧秩序妨害」、つまり世の中をお騒がせした、という理由で下された。実際に機関説的な考え方で制度運用されているのだから美濃部の処分は本来的に無理だということを行政側もよく承知していたのである。

 なぜこんな辻褄合わせをしなければならなかったのか? もっと言えば、議会や行政に対して蓑田胸喜(むねき→きょうき!)の粗雑な議論がなぜあれほどの威力を発揮したのか? 理屈ではなく感情論による煽り立てにより、下から、すなわち一般国民レベルから政治を突き上げていくという構造がすでに現われていた。その意味では、没論理的=権威主義的=前近代的な“天皇制ファシズム”という旧来的な捉え方ではなく、没論理的=大衆社会的=極めて近代的な社会に当時の日本はすでに移行していたと考える方が私などには説得的に思える。アジテーターとしての役割を果したのが蓑田胸喜である。

 近年、蓑田を再検討しようという動きがあり興味を持っている。立花書でもキーパーソンの一人として大きく取り上げられているし、教育社会学の竹内洋・メディア史の佐藤卓己たちによって『蓑田胸喜全集』(柏書房)が編集されているほか、それこそ大衆社会的で没論理的なバッシングを実際に受けた経験を持つ佐藤優も蓑田に関心を寄せている(たとえば、『ナショナリズムという迷宮』朝日新聞社、2007年)。

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