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2008年2月29日 (金)

筒井清忠『昭和十年代の陸軍と政治──軍部大臣現役武官制の虚像と実像』

筒井清忠『昭和十年代の陸軍と政治──軍部大臣現役武官制の虚像と実像』(岩波書店、2007年)

 明治憲法で規定された政軍二元体制の下、昭和初期の軍部、とりわけ陸軍の政治的影響力は極めて強かった。具体的には、軍部大臣現役武官制を伝家の宝刀のように振るい、自分たちの言うことを聞かなければ陸相候補を推薦しないと脅しつけていたというのが定説であり、私自身もずっとそう思っていた。ところが、そうした理解には根拠がないと本書は主張し、個々の内閣の成立・崩壊事情を検証しながら定説を覆していく。眼から鱗が落ちるようにスリリング、とても面白い研究書だ。

 広田弘毅内閣成立時に、陸軍は二・二六事件という不祥事をおこしたにもかかわらず強硬な要求を突きつける。この内閣において現役武官制が復活するのだが、逆に言えばこの制度があろうとなかろうと、陸軍は自分たちの主張を押し付けることができた。現役武官制復活の背景としては、二・二六事件に関わって予備役に入った皇道派の将軍たちの復権阻止という目的があった。つまり、二・二六事件のような不祥事を繰り返さないよう陸軍内部の一元化を目指した粛軍の一環であり、ここでは軍人の“政治化”を苦々しく思っていた陸軍次官・梅津美治郎がイニシアチブを取った。

 宇垣一成内閣構想の流産は現役武官制の威力を発揮した一例とされる。彼はかつて陸相在任中に四個師団削減という大リストラを断行したため、陸軍の大先輩ながらも極めて不人気、陸軍全体から反対の大合唱があった。陸軍上層部は宇垣には特に忌避感はなかったようだが、中級幕僚以下の反対がすさまじく、これでは現役武官制があろうとなかろうと、組閣はできなかった。

 宇垣の組閣失敗を受けて林銑十郎に大命降下、石原莞爾の意向を受けた満洲組の十河信二・浅原健三らが暗躍した。この背景には、林を担いで“国家革新”を目指す陸軍中堅幕僚たちの策動があり、これに対して陸軍上層部は三長官(陸相・参謀総長・教育総監)推薦による陸相選出で彼らの動きを抑え込んだ。ここでもやはり梅津がイニシアチブをとった。石原派は引き下がり、林内閣は無策となって間もなく倒れる。

 近衛文麿は自らの意志で板垣征四郎を陸相にピックアップした。阿部信行内閣では三長官会議で多田駿を陸相候補と決めたにもかかわらず、天皇直々の指名により畑俊六が陸相に就任。この背景には天皇の陸軍への不信感があり、畑は「陸軍は陛下から信用されていない」と訓示して陸軍省内の反発を買ったという。いずれにせよ、陸軍の意志とは別の次元で陸相が決まっている。

 米内光政内閣での畑陸相の辞任も現役武官制が威力を発揮した一例としてよく取り上げられる。しかし実際には、近衛新体制待望論がマスコミの煽りたてによって高まる中、米内は陸軍に責任を押し付ける形で政権を投げ出したと解釈される。生真面目な畑が真っ青な顔をしているのに対し、米内は余裕綽綽だったというのが印象的だ。

 こうした検証を通して、陸軍の政治進出を軍部大臣現役武官制で説明してしまう歴史の見方は一面的に過ぎると著者は言う。もちろん、陸軍の政治責任は免れないものの、こうした歴史観はむしろ宮中関係者(とりわけ近衛文麿)やマスコミの責任を相対的に低くする役割を果してきたのではないかと指摘している。

 首相の座を狙う将軍たちや石原莞爾のような“政治軍人”の異端児が様々な動きを展開する一方、そうした風潮に対して梅津美治郎は「軍人は軍人としての本分を守るべきで政治に野心を持ってはいけない」と考えて粛軍を進めていた。また、武藤章にしても、彼は陸軍の主張を通すべく根回しに動いていたことから“政治軍人”の典型例と考えられているが、彼は政治家や官僚に対しては厳しい態度を取ったものの、一方で中堅以下の将校たちが暴発しかねないのを何とか押さえ込もうと努力していた(二・二六事件があったわけだから実際に可能性はあった)。政治家への厳しい態度は中堅幕僚たちからの突き上げを受けてのことであり、両者の板ばさみになってかなり憔悴していたらしい。陸軍といっても一枚岩ではない。多様な人物群像の交錯を描き出している点でも本書は面白い。

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