「音符と昆布」
「音符と昆布」
モモ(市川由衣)は作曲家の父(宇崎竜童)と二人暮らし。父が海外に行って不在のある日、突如やって来たカリン(池脇千鶴)。姉だというが、モモは自分に姉がいるなんて知らなかった。カリンは椅子に座るやいなや昆布茶づけを所望、干し椎茸について滔滔と薀蓄を語り出す。一方通行でコミュニケーションの取りづらい彼女にモモは唖然とするばかり。
カリンはアスペルガー症候群という設定。その特徴としては、社会的ルーティンに適応できないこと、言葉遣いが独特で他人とのコミュニケーションに問題があること、想像力が欠如しており相手の感情が読めないので悪意はないのだがズケズケとした物言いをしてしまうことなどが挙げられる。そのため、“変な奴”と孤立してしまうことが多い。先天的なものだが、知的障害ではない。ある特定の対象に執着したり、極端なまでに潔癖・秩序好きなところが、一面においてトラブルのきっかけとなる一方、高度な専門性を発揮することもあり得るという(磯部潮『発達障害かもしれない』光文社新書、2005年を参照)。
コミュニケーション不全のカリンとも共感し合えるきっかけを見出すというのがこの映画の筋立てだ。嗅覚障害だがフードコーディネーターを目指すというモモの設定も考え合わせると、スタンダードから外れてはいても何とかなるというメッセージが込められているのだろうか。池脇千鶴は、「ジョゼと虎と魚たち」(2003年)でもそうだったが、あどけない顔をしてエキセントリックな役柄をよくこなしている。市川由衣は普通にかわいい。
前掲書によると自閉症─アスペルガー症候群─正常という形で連続しているらしいが(自閉症スペクトラム)、症候群という言葉を使っていることから窺えるように幅は広く、あいまいだ。もちろん、一定の特徴を捉えて区分する方が対処する上で便利ではある。ただ、逆にレッテル貼りしてしまうことで差異性を強調→ある種の偏見を増幅してしまうという悪循環もあり得るのが難しいところだ。この映画では決して悪意ある描き方はされてはいないのだが、それでも一定の類型化は否めない。アスペルガー症候群をテーマとして打ち出してしまうのはちょっと微妙な違和感がある。
【データ】
監督・脚本:井上春生
出演:池脇千鶴、市川由衣、石川伸一郎、宇崎竜童、他
2008年/75分
(2008年2月2日、シネマート六本木にて)
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