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2007年2月25日 - 2007年3月3日

2007年3月 3日 (土)

「フラガール」

「フラガール」

 先日、『キネマ旬報』で日本映画ベストワンに選ばれたのを記念した再上映らしい。観そびれていたし、入場料金も千円だったので入った。評判に違わず、なかなか良かった。

 炭鉱からの連想だが、「ブラス!」と「Shall We ダンス?」を足して二で割った感じと言えば大雑把ながらもイメージがつくだろうか? 閉山が間近に迫った福島県の炭鉱街が舞台。町おこしのため、湧き出る温泉を利用してハワイアン・センターを作ることになった。一番の目玉はフラダンスだが、地元の雇用が最優先の条件。そこで、娘たちにフラダンスを習わせるため、東京からプロのダンサーが呼ばれてきた。最初は冷たい視線を浴びせていた炭鉱の人々。しかし、彼女たちが一所懸命に頑張っている姿を見ているうちに徐々に共感していく様子は、コメディータッチということもあり嫌味なく描けている。

 東京から来たダンサー役の松雪泰子は、どこか崩れた訳あり女性が彼女たちとの交流を通してシャキッとしていく姿をよく演じている。何よりも驚いたのは蒼井優だ。福島弁をしゃべる素朴なあどけなさと、ダンスをしている時の凛々しさとをきちんと演じ分けていた。彼女が一人でダンスの練習をしている姿を見て、それまで反対していた母親(富司純子)が考えを変えるシーンがあるのだが、蒼井の踊る凛々しさにはそれだけの説得力があった。

 去年の暮れ、たまたま宮台真司と宮崎哲弥との対談をラジオで聞いていたら、最近の日本映画ファンの間には蒼井優派と宮崎あおい派とがいると宮台が話していた。宮台は蒼井優派らしい。私自身は断然宮崎あおい派だったのだが、「フラガール」を観て少々ゆらいできた(だけど、ユニクロの店舗前の写真にいま宮崎あおいが登場しているが、彼女のうつむき加減にかげりを感じさせる表情はすごくいい)。

【データ】
監督:李相日
出演:松雪泰子、豊川悦司、富司純子、蒼井優、岸部一徳、他
2006年/120分
(2007年3月3日、新宿、シネマスクエアとうきゅうにて)

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「墨攻」

「墨攻」

 酒見賢一の原作、これを基にした漫画版ともに好きだったので楽しみにしていた作品だ。原作が好きな場合、映像化されると色々と不満が出てくることが多いが、この作品では期待を裏切られなかった。

 戦乱の時代、実践的な活動を通じて平和主義(非攻説、兼愛説)を唱えていた技術家集団・墨家。趙の大軍に攻め寄せられた梁王は墨家に救援を求めた。やって来たのは革離(アンディ・ラウ)ただ一人。城内の者たちは半信半疑ながらも、彼の繰り出す知恵と巧みな統率力で、四千人の梁は十万人の趙軍をはね返した。しかし、革離の高まる声望に猜疑心を募らせた梁王は彼に謀反の罪を着せる。梁が内輪もめしている間にも、趙の知将・巷淹中(アン・ソンギ)は再攻の秘策を練っている…。

 火攻めに水攻め、トンネル戦に空中戦と、様々な場面に人民解放軍の協力も得ているようで壮大な戦闘シーンは見応え十分。単に戦闘スペクタクルというだけでなく、戦いの凄惨なあり様を描き出すことで、墨家の思想にも光を当てている。日本・中国・韓国の合作。原作は日本、舞台は中国、主役の革離は香港のスター、アンディ・ラウが務め、対する趙の将軍・巷淹中は韓国の名優、アン・ソンギが冷静沈着な知将というイメージを巧みに表現している。

【データ】
監督:ジェイコブ・C・L・チャン
音楽:川井憲次
2006年/日本・中国・韓国/133分
(2007年3月3日、新宿ジョイシネマにて)

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蔵研也『リバタリアン宣言』についてもう一度

 先日、蔵研也『リバタリアン宣言』についてコメントしたところ(http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/post_17ed.html)、そのページだけ急にアクセスが集中し始めた。いぶかしく思って調べたところ、著者がホームページ上で私のコメントを引きながら反論していた(反論と言っても、「普通の人を馬鹿にするから政府が必要になる」とか「そういう人生哲学なのだ」といった感じで論理が破綻していたが)。http://www.gifu.shotoku.ac.jp/kkura/rev_lib_manifesto.htm

 「教養がない」「勉強不足だ」と私が書いたことに過敏に反応しているようで、カタカナ術語やら学者の名前やらを並べ立てて“私は勉強不足ではありませんよ”とアピールしている。この人は本当に何もわかっていないのだなあと驚いた。知識の問題ではなく、“自由”を論じてもそこに奥行きの広がりが見えてこない点で、この人の思考の質そのものにクエスチョンをつけているんだけどね。

 本書では、著者自身が盲導犬協会に寄付をしていることを以て、リバタリアンは決して利己主義者ではない、と言う。少なくともそう受け止められる箇所がある。はっきり言って噴飯ものだ。所詮そんなのは、心の奥底にひそむ“自分は良いことをしている”という傲慢さの表われに過ぎないのに、そうした機微がこの人には分からない。そもそも、そういうことは人には言わずにやるべきものと思うのだが、倫理観の違いなのでおいておこう。

 私が気にかけているのは、“自由”と“秩序”とがいかに両立するのかという論拠が本書では明示されていないことだ。寄付云々は誰が考えたって通用する話ではないだろう。そこで、人の内面に刻み込まれた価値規範を大切にすることで外的強制とは違った内発的な秩序を期待するコミュニタリアニズムや、利己心を前提としつつも自身が不利益を被る可能性への想像的配慮を重視するロールズ的な“公正”論、さらにはオーソドックスな社会契約説モデルに対してのリバタリアンからの批判を期待したわけだ。これは政治哲学の核心と言ってもいいくらいで、紙幅の制限は言い訳にならない。

 本書の著者は、ホームページ上での反論の仕方をみると礼儀正しい。おそらく個人的に付き合う分には良い人なのだと思う。しかし、書籍という形で市場に出てきた場合、著者の人柄は関係ない。内容的なクオリティーだけが勝負である。一般読者は決して馬鹿ではない。リバタリアニズムが思想として日本社会に受け容れられるかどうかとは関係なく、単純に議論の質という点で本書は市場から淘汰されるであろう。

 あとがきに、リバタリアニズムの伝道者になるとか書いてあるが、“自由”という固定観念(非常にアイロニカルな言い回しだが)にとり憑かれたカルトみたいで、ちょっと不気味だ。本書には他にも突っ込み所が満載だが、あまり関わり合いたくないのでこれでやめておく。

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2007年2月27日 (火)

増田義郎『コロンブス』

増田義郎『コロンブス』(岩波新書、1979年)

 コロンブスが西に向けての航海に乗り出すに際しては、“新キリスト教徒”と呼ばれた改宗ユダヤ人が、資金援助やスペイン女王イサベルへの口利きなど様々な助力をしたという。私はいわゆる“大航海時代”に宗教的背景があることは世界史の常識として知っていたが、改宗ユダヤ人や神秘主義思想など複雑な問題が伏在していることにまでは考えが及んでいなかった。

 改宗ユダヤ人とは何者か? 初期イスラムに“啓典の民”の存在を許容する寛容さがあったことは一般に意外と知られていないが、もともとイベリア半島にいたユダヤ人はイスラム勢力の支配下でも彼らと共存していた。しかし、北アフリカのベルベル人を中心としたムワッヒド朝は異教徒に対して厳格な態度を取る傾向があり、そうした彼らの台頭と共にユダヤ人はキリスト教圏へと逃げ込んだ。当初はキリスト教徒ともうまくやっていたが、やがてユダヤ人の経済的・社会的成功をねたむ雰囲気が漂い始める。反ユダヤ暴動が勃発するなど不穏な情勢の中、一部のユダヤ人はカトリックに改宗し、“新キリスト教徒”と呼ばれた。

 彼ら“新キリスト教徒”には、当面の便宜のため形式だけ改宗した者と自発的に改宗した者とが混在していた。後者にとっては、ユダヤ教を捨てきっていないのではないかという疑惑の眼差しにさらされるのがつらい。そのため、後者の人々が前者の“偽”キリスト教徒に対してつらく当たるという一種の防衛機制が働いた。中世の異端審問はとりわけスペインで激しかったことは知られているが、“偽”のキリスト教徒をあぶり出そうとするユダヤ人同士の葛藤として深刻であったことは興味深い。この熱心な“新キリスト教徒”は豊かな経済力をバックに国王や大貴族ともつながりを持っており、彼らがコロンブスを支援したのである。

 当時のスペインを含めたヨーロッパ世界の知識人にはエラスムスの思想が影響を与えていた。心の奥底においてこそ神は求められるという神秘主義的傾向が強まり、反転してキリスト教会内での腐敗を批判するモメントとなった。他の地域とは違ってそれがスペインにおいては宗教改革の運動には結びつかず(イスラム勢力との戦いでローマ教会との密接なつながりがあったため)、むしろカトリック再建のために教義の厳格化という方向に進んだことは周知の通りである。

 こうした傾向はコロンブスの手記からも見えてくるらしい。彼の航海には、単なる冒険心という以上に、宗教的使命感が強く作用していた。“神の摂理”の中に自分の事業が組み込まれているという歴史観の下で彼は生きていた。“新大陸”にあるはずの黄金も、イェルサレムの聖墓再建のために使うべきと考えており、そうした点で信仰心篤いイサベル女王と精神的に響きあっていたはずだと著者は指摘する。

 歴史を振り返るにあたっては、どうしても現代の我々自身の持っている歴史観のフィルターを通して観てしまいがちだ。コロンブスという人物を考えるにしても、未知のものへの挑戦が大事だ、ベンチャーだ云々という通俗化した見方がどうしても耳目に入りやすくなる。だが、それはコロンブスという過去の人物に仮託しながら現代の我々の価値観を映し出しているだけで、ことはそんなに単純な話ではない。当時の人々と我々とでは物事に取り組む考え方にも大きな違いがあり得る。そこの機微に思いを致し、逆に現代に生きる自分自身のものの見方を相対化して捉えかえす。そのように頭を解きほぐすきっかけが得られるところに歴史の細部をみつめる醍醐味がある。

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2007年2月26日 (月)

増田義郎『黄金郷に憑かれた人々』

増田義郎『黄金郷に憑かれた人々』(NHKブックス、1989年)

 イマジネーションが人間を駆り立てる力というのは本当におもしろい。それは、当人たちの思惑とは違った結果をもたらし、ひいては世界史の趨勢に大きく影響を与えてしまうことがある。いわゆる“大航海時代”に活躍した冒険者たちにもそうした幻影に翻弄された姿が浮かび上がってくる。

 豊かな富への渇望はエルドラド(黄金郷)のイメージを肥大化させ、果てはソロモン王の財宝を求めて“新大陸”を通り越して太平洋にまで漕ぎ出していった者すらいた(メラネシアにあるソロモン諸島の名前の由来である)。ただし、苦心惨憺の上にたどり着いた町が貧しかったので、逆ギレして住民を虐殺してしまうなどの悲劇が伴った。

 また、イスラム勢力から圧迫されているという自意識からは“プレスター・ジョン”(法王ヨハネ)伝説が生れた。これが、東にモンゴル帝国との通商を求める動きにつながったことはよく知られているが、西の海へと乗り出す動機の一つとしても働いていた。

 いずれにせよ、物質的な意味での欲望、宗教的な使命感、未知なる土地(テラ・インコグニタ)への憧れなどがないまぜになった群像劇には、粗野で目を背けたくなるような残虐さを伴いながらも強い魅力がある。

 ヴァスコ・ダ・ガマが初めてインドに到着した時のこと。彼が見せた贈り物を、現地の領主やムスリム商人たちは貧弱だとせせら笑い、相手にされなかったらしい。そこで、武威を示さねばしめしがつかないと判断し、本国から武装船団が送り込まれ、力ずくで領土を奪い取ることになったという。

 冒険者には一クセも二クセもある輩が多い。現地で指揮官たちが対立して内戦が起こったり、本国への反逆を疑われて追討軍が派遣されたりすることも珍しくなかった。コルテスはそうした追討軍をむしろ自軍に編入してアステカ征服に成功したが、後に本国に召還され、失意の余生を過ごした。インカを征服したピサロは政争に巻き込まれて暗殺され、ピサロの弟もまた反乱を起して処刑された。

 とりわけ、ロペ・デ・アギレという人物に興味を持った。彼は本国に対して不満を持つ者たちをまとめ上げ、本国派遣の査察官を殺した。そして貴族出身の者を王として担ぎ上げ、スペイン王国に対し独立を宣言(1561年)。しかし、疑いを持つ者や聖職者、さらには担ぎ上げたばかりの王までも容赦なく殺すなど恐怖政治をしいたため逃亡者が続出、最後は部下によって射殺されてしまった。狂的な誇大妄想に駆り立てられて未開地に独立王国を作ってしまうというあたり、コッポラの「地獄の黙示録」を髣髴とさせておもしろい。これだけでも小説のネタになりそうだと思う。

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