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2007年2月4日 - 2007年2月10日

2007年2月 8日 (木)

川本三郎『大正幻影』

川本三郎『大正幻影』(ちくま文庫、1997年)

 近代国家建設という大目標に向かってみんなが真面目に歯を食いしばっていた明治。産業化が進展し、総力戦体制に代表される管理化が社会の隅々にまで行きわたる昭和。その一方で、こうした“表”の顔がキリキリと人をおどかすような二つの時代の狭間としての大正。そこには束の間ながらも、人間の“裏”の顔をおおらかに許容する不思議な魅力が垣間見える。

 本書には、佐藤春夫、谷崎潤一郎、永井荷風、芥川龍之介、江戸川乱歩といった大正期に独特な作品をのこした作家たちが登場する。彼らの作品を読み解きながら、東京という街の持つ風景の記憶をも浮かび上がらせようとしている。

 ところで、大正の東京は様々に両義的な都市である。江戸でもなければ、西洋的近代にもなりきれない宙ぶらりんの街。その意味で東京はすき間が特徴的な都市として描かれるが、とりわけ目が向けられるのは路地である。そこは、社会的にドロップアウトした人びとをも受け入れる。文学者たちはそうした路地のたたずまいに、明治的な“表”の論理からはみだしたアウトサイダーとして、ひっそりとした“私”の世界にとじこもろうとする繊細な“自我”の居場所を見つけようとした。

 しかし、その路地にとって、彼ら文学者はよそ者に過ぎない。感覚としてのびやかにたゆたうべき空間を描こうにも、彼ら自身の近代そのものの産物としか言いようのない意識をもってすると、あたかも蜃気楼のようにはかなく手からすべり落ちてしまう。ここにあるものとして路地の風景を描きながらも、もはや失われつつあるものとして描くしかない。そうしたもどかしさからはどうしても逃れられないし、他ならぬ彼ら自身、はっきりと自覚している。川本は、そのような醒めたロマンティシズムを幅広い教養をもとにウェットに描写している。

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2007年2月 6日 (火)

佐野眞一『私の体験的ノンフィクション術』

 このブログを始めるにあたり、一日につき必ず一本は載せるという原則を自分に課した。が、やばくなってきた。忙しかったり病気で倒れたりしたときには、時間のあるときに書き溜めたり、以前につけておいたメモを切り貼りしたりしてしのいできたが、そろそろネタが底をつきそう。いや、取り上げたい本や映画はまだまだたくさんあるのだが、それをつたないながらも一つの文章にまとめるにはやはり時間が足りない。できれば浩瀚で読み応えのある学術書も取り上げたいのだが、そういう本ほど、読むばかりでなく内容を吟味するのに時間がかかるし…。

 なんて言い訳している間にも、どんどん時間が過ぎてゆく。今回は、佐野眞一『私の体験的ノンフィクション術』(集英社新書、2001年)を取り上げる。

 私はノンフィクション作品をよく読むが、佐野眞一は現在活躍しているノンフィクション作家の中でも尊敬する一人だ。タイトルだけをみるとハウツー本のように見えるかもしれないが、そういうのとはちょっと違う。佐野が取材をしながらどんな苦労をしたのか、そしてなぜ書こうという動機が生まれたのか、今までに発表した作品ごとに背景をつづっている。とりわけ、足で書き、人々の胸に飛び込んで自然に話を聞きだし、目前の風景からそこで生活を営む人間の意思を読み取るという点で、民俗学者の宮本常一にノンフィクション作家としてのあるべき姿を見出しているのが興味深かった。

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2007年2月 4日 (日)

「悪夢探偵」

 刃物で自分の体をズダズダに切り裂く自殺者が相次いで発見された。キャリアとしての出世コースを捨てて現場を志願した霧島(hitomi)は若宮(安藤政信)と共に捜査を行なう。手がかりをつかめないでいたとき、自殺者が死ぬ直前に同じ番号に電話していたことに若宮が気付いた。どうやら、その番号にかけた後でうなされる悪夢に事件のカギが潜んでいるらしい。霧島は、異常な感受性を持ち他人の夢に入り込めるという陰気な青年・影沼(松田龍平)に協力を依頼したが…。

 私は塚本晋也の作品では、「鉄男」(1989年)、「東京フィスト」(1995年)、「バレット・バレエ」(1999年)といったあたりを観たことがある。それこそ生理的な意味での痛さがヒリヒリするようなやり場のない苛立ちをぶちまける感じが印象に強い。この「悪夢探偵」でも、サイコ・ホラーの形を取りながら、そうした焦燥感をあおり立てるムードが観る者の胸をかき乱す。とりわけ、映像の激しいブレとつんざくような金属音との組み合わせで、得体の知れぬ恐怖感を演出するあたりはさすがだと思う。ただし、ストーリーにはあまり感心していない。受け止め方は人それぞれだと思うが、「死にたい…」「いや、死ぬのは怖い」というセリフのやり取りはどうも興ざめしてしてしまう。

 安藤政信や大杉漣はそれぞれいい味を出している。何よりも松田龍平の不気味さはとりわけ目を引く。しかし、肝心のhitomiがよろしくない。足はきれいだが、表情もセリフも大根じゃないか。続編が決まっているらしいが、主役がこれではなあ…。

 私が観に行ったとき、最後のあたりで映像がピンボケしていた。てっきりそういう演出なのかと思っていたら、映写時のミスだったらしい。おわびとしてテアトル系列の無料招待券を一枚もらった。言われなければ気付かなかったのに、得した気分。

【データ】
監督・脚本・撮影・編集・出演:塚本晋也
出演:松田龍平、hiotmi、安藤政信、大杉漣、原田芳雄
企画・製作:海獣シアター
日本/2006年/106分

(2007年2月3日、シネセゾン渋谷にて)

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