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2007年8月5日 - 2007年8月11日

2007年8月11日 (土)

「鴨とアヒルのコインロッカー」

 仙台の大学へ進み、不安の入り混じった気持ちで引越し作業をする椎名(濱田岳)。玄関先でダンボール箱を紐でゆわきながらボブ・ディラン「風に吹かれて」を口ずさんでいたら、「ディラン?」と背後から声をかけられた。その男、隣室の“河崎”に誘われて彼の部屋に入るとこう言われる、「一緒に本屋へ広辞苑を奪いに行かないか」

 何やら不条理、ナンセンスという感じの出だしだが、これには様々な伏線が張られている。二年前におきた不幸な事件をめぐる、“河崎”、ブータン人のドルジ、その恋人の琴美という三人の物語、そこに椎名は飛び入り参加させられたという形。二年前と現在とが交互に入れ替わりながら話題は進む。伊坂幸太郎の原作小説『鴨とアヒルのコインロッカー』(創元推理文庫、2007年)はいくつもの寓話的エピソードがたくみによりあわされてストーリーテリングのうまさに感心する。

 瑛太が色々な役柄を演じ分けているのが目を引いた。最初に登場した時のくだけた色男風、かと思うと物語を唐突に語り始める棒読み口調、日本語のたどたどしいブータン人、空想シーンで一瞬出てきただけだが麻薬の売人となって彫りの深い顔をしかめる表情など板についていて、なかなか良い。

【データ】
監督:中村義洋
原作:伊坂幸太郎
出演:濱田岳、瑛太、関めぐみ、松田龍平、大塚寧々
2006年/110分
(2007年8月8日レイトショー、テアトル銀座にて)

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2007年8月 9日 (木)

原爆の記録をいくつか

 黒焦げとなって性別不明な死体が川の中に折り重なっている。息のある者も、服は焼けて裸に近い状態。皮膚がずるむけになってぶら下がり、「水をくれ、水をくれ」とうめいている。ガラスの破片が体中にびっしりと埋まっている人、眼球が飛び出してぶら下がっている人。顔がボールのようにふくらんで、声を出さねば誰なのか分からない。体中からにじみ出る膿はひどい臭いを放ち、薬もなく、救護にあたる人々はただ途方にくれるばかり。──こうやって書き出していくだけでも気が滅入ってくる。

 生き残った人々にも苦難がはだかっていた。ケロイドの残った顔や体に向けられる眼差し、原爆症への周囲からの差別意識。何よりも、家族や近所の人たちや学友や職場の同僚が変わり果てた姿で息絶えていくのをまさに目の前で見ていた。その光景と、助けられなかった負い目とを一生ひきずらねばならなかった。同情する、などとは軽々しくは言えない。何か、言葉に出すこと自体が冒涜に当たるような、難しい気持ちだ。

 『原爆体験記』(朝日選書、1975年)の原本は原爆投下の五年後に被爆者から寄せられた手記をまとめて印刷された。ところが、そのあまりに凄惨な内容が占領軍の嫌忌に触れ、核戦略上の思惑もあったのだろう、出版は許可されずしばらくの間広島市役所の倉庫に埋もれていたという。職業、年齢を異にする様々な人々の体験は、被爆の記憶がまだ鮮やかな時期に記されたものだけに生々しい。

 神田三亀男・編『原爆に夫を奪われて──広島の農婦たちの証言』(岩波新書、1982年)は広島市北郊の農家のおばあさんたちからの聞き書き。みな、夫は義勇隊として広島市内に動員されていた時に被爆死した。中には、夫を探して市内に入り、黒焦げとなった姿を見つけて連れ帰った人もいる。単に原爆の記録というだけでなく、一般に注目される機会のない農家の女性たちの人生もまた戦争や原爆によっていかにねじ曲げられたかを書き残しておこうという意図に特色がある。

 林秀男『爆心地ヒロシマに入る』(岩波ジュニア新書、1992年)は原爆投下から二ヶ月ほど経った広島と長崎の写真を収めている。著者は原爆災害調査団に参加したカメラマン。とにかく何もかもが吹き飛ばされて更地となった光景から、原爆の破壊力のすさまじさが窺える。この何もない瓦礫の広がりの下に多くの死者が埋もれているわけだ。

 白井久夫『幻の声──NHK広島8月6日』(岩波新書、1992年)。原爆投下直後に流れたラジオ放送、「こちらは広島中央放送局でございます。広島は空襲のため放送不能となりました。どうぞ大阪中央放送局、お願い致します。大阪、お願い致します、お願い致します…。」悲しくも美しい、女性の声だったという。どなたの声だったのか確かめて欲しいという投書をきっかけに、NHKディレクターである著者が戦時下の放送体制の問題へと分け入る。結局、誰の声だったのか、そもそも本当に流れたのかすらも分からない。だが、その声を聞いたという人が何人もいたという事実、そうした人々の思い入れの強さが印象付けられる。

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2007年8月 7日 (火)

「天然コケッコー」

 小中学生あわせてたった6人の分校に東京から転校生がやって来る。歓迎準備で教室は上を下への大騒ぎ。最上級生、中学二年生の右田そよ(夏帆)も初めての同級生ということでそわそわと落ち着かないが、現われた大沢広海(岡田将生)のつっけんどんな態度に反発してしまう。つかず離れずの関係となる二人、しかし青春ものにありがちな甘ったるい感じは意外としない。一年間という時間が徐々に経過する中で、それぞれに抱えた戸惑いが少しずつ変化していく様子がほの見えてくるのが良い。

 私にはいわゆる田舎というのがないので、こうした山あいにある村の風景には過剰にあこがれを持ちやすい。たとえば、河瀨直美監督「萌の朱雀」に対して抱いた思い入れがそうだった。逆に、最近観た「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」ではうっとうしくまとわりつく過去の足かせという感じ。ゆったりと包まれるぬくもりを感じるか、忌々しい拘束と感じるか、人によって受け止め方は違う。

 この映画では、人の関係がとにかくゆっくりしている。そよは父(佐藤浩市)の不倫を疑う。分かってか分からないでか、母(夏川結衣)はさらりと受け流す。子供心には深刻に受け止めざるを得ないことであっても、村の鈍感と言ってしまえるほどにゆるい空気は大きく包み込んでしまう。

 そよを演じる夏帆は、むしろ都会っ子としか思えないくらいに線が細い。だが、良い意味で泥くさい感じに馴染んで(どんな意味だ?)制服姿が素朴にかわいい。何よりも、ほんの些細なことにも過敏となって、時には空回りしかねない気持ちの揺らぎを表情でよくあらわしていた。とても良い。

 毎朝繰り返される集団登校の光景。しかし、四季の移り変わりは彼女たちの姿を決して単調なものにしない。「もうすぐ消えてしまうと思うと、ひとつひとつがいとおしくなってくる」というセリフが印象に残る。中学卒業の、最後の日の教室。広海とぎこちないキス。今まで自分たちを見守ってきてくれた教室の黒板に、落ち着いた面持ちでキス。白いカーテンが風にはためき、陽光が教室へおだやかに差し込む。カメラの視点がゆっくりと動き、高校の制服を身にまとったそよが窓から教室の中をのぞき込んでいる。これから彼女がどんな人生を歩むにせよ、ここで過ごした時間が、踏みしめるべき確固たる足場となっていることは間違いない。

 くらもちふさこの原作漫画を読んだのはかなり前で、内容はほとんど忘れていた。主人公の右田そよという名前だけはなぜかしっかり記憶していたので妙にもどかしく思っていたところ、そよがいつも面倒を見ていた女の子が「そよちゃーん!」と甘えるように抱きつくシーンで原作のタッチが急に思い出された。渡辺あやの脚本は原作の良さをうまく引き出している。

【データ】
監督:山下敦弘
原作:くらもちふさこ(集英社)
脚本:渡辺あや
2007年/121分
(2007年8月6日レイトショー、新宿武蔵野館にて)

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2007年8月 6日 (月)

「夕凪の街 桜の国」

 以前にこのブログでもコメントしたことがあるが、こうの史代の原作が好きなので観に行った。昭和30年代、まだ原爆の傷跡が生々しい広島を舞台とした「夕凪の街」。現代に時を移し、原爆症で亡くした姉・皆実の知り合いを訪ね歩く父・旭(堺正章)と、その父がぼけたと思ってあとをつける娘・七波(田中麗奈)の真夏の旅を描いた「桜の国」という二本立て。

 原作の「桜の国」で、かつて被爆者たちの暮らす掘っ立て小屋が並んでいた川岸に旭がたたずむシーンがあった。大きく見開きで、片方のページに昔の家並みが、もう片方に同じ場所だが現代のきれいに整備されて桜の咲きみだれる光景が描かれていた。時の経過が持つ切ない情感を何となく感じさせて印象に強い。原作漫画のやわらかくのほほんとしたタッチが私は好きだった。映画の方は、ストーリーとしては忠実にたどってはいるものの、絵柄の雰囲気までは再現すべくもない。それでも、実写映像の持つ力は現代と過去の空気の違いを感情移入しやすい形で描き出しており、悪くないと思う。

 文部省選定映画のようなコンヴェンショナルなつくりという感じがしないでもない。が、テーマがテーマなだけに、ハンカチで目頭を押さえて鼻をすすらせる音が周囲から聞こえてきたし、かく言う私自身、少々涙腺が危うかった。皆実役の麻生久美子が原作のイメージにぴったりでとても良かった。

【データ】
監督:佐々部清
原作:こうの史代『夕凪の街 桜の国』(双葉社、2004年)
2007年/118分
(2007年8月4日、新宿、シネマスクエアとうきゅうにて)

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