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2007年7月22日 - 2007年7月28日

2007年7月28日 (土)

正宗白鳥のこと

 私は、生きることが素晴らしいなどとは全く思っていない。たまたまこの世に生まれたから、死ぬときまでやむを得ず生き続けるだけのこと。“夢”や“希望”など抱かない代わりに、“絶望”もない(と言い切れればいいのだが、凡愚の迷妄、いまだ捨て去ること能わず)。たとえば、辻潤や、ちょっと毛色は違うが正宗白鳥といった人たちがそんなスタンスを取っていた。どこか恬淡と枯れた感じがする、しかし決して投げやりではなく鷹揚な余裕すら感じさせる、そうしたタイプのニヒリストに私は引き付けられるようだ。

 何で読んだのか、今すぐには典拠を引けないが、正宗白鳥がこう記していたのを覚えている。「私は本当につまらない人間である。しかし、つまらないなりに、一つだけ消極的ながら良いことをしたと思うことがある。それは子孫を残さなかったことだ」。素直な人だと思った。

 正宗白鳥の小説は正直言って面白いとは思わない。そもそも白鳥自身がつまらないと言っているのだが、自然主義文学全盛の頃は売れっ子だったらしい(白鳥自身は“自然主義”と括られてしまうのをイヤがっていたが)。私は彼の作品よりも、人となりの方に興味がある。

 『小林秀雄対話集』(講談社文芸文庫、2005年)に小林と白鳥との対談「大作家論」が収録されているほか、河上徹太郎との対談「白鳥の精神」でも白鳥についての思い出話をしている。読んでみると、あの小林秀雄が白鳥に軽々と手玉に取られている感じで、思わず笑ってしまった。相手の言葉をさらりと受け流してしまう白鳥のシニシズムの前では、小林が青くさく見えてしまう。本当にくえない爺さんだ。しかし、決して嫌味ではない。別に茶化しているわけではなく、白鳥なりに真面目に答えているだけなのだから。小林も白鳥のことは心から尊敬していた。

 『小林秀雄全作品 別巻2』(新潮社、2005年)に「正宗白鳥の作について」という小林秀雄の絶筆が収められている。この巻は、小林自身が失敗作だから出版してはいけないと言い残していたベルグソン論「感想」との二本立て。「正宗白鳥の作について」も、これが小林の文章かと疑いたくなるくらいに精彩を欠き、そればかりか話題の前ふりで終わって肝心の白鳥その人についてはまともに論じられないまま。体力がすっかり衰えた死の床で筆を取っていたのだろう。正宗白鳥という人は正面きって論じようにもなかなか正体をつかみづらい。しかし、死ぬ前にきちんと書き残しておきたい、そうした執念を抱かせるほど小林にとって気にかかる存在だったようだ。

 白鳥の感覚を簡単にまとめると「フン、人生なんてつまらんさ」となってしまう。しかし、こんな一言では収まりきれないだけの奥深い襞がこの爺さんにはあった。そうした微妙な感性を描き出すのは難しい。伝記研究やテクスト解釈でアプローチしてもつまらなくなってしまうだけ、自身の感性から内面的にコミットできる文学者でなければまず無理だろう。小林秀雄の手にすらあまったこの爺さん、うまく料理できる人が現われたら是非とも読んでみたい。

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2007年7月27日 (金)

選挙について適当に

 私は国政選挙の開票特別番組が大好きで、投票日当日は真夜中までテレビにかじりついてチャンネルをカチャカチャ変えている。それこそ、選挙権のない中学生のときからだ。夕方を過ぎる頃にはジュースやお菓子を、今はビールとおつまみをそろえてスタンバイ。野党が得票をのばすと手を打って面白がる。別に自民党が嫌いなわけではない。それどころか、色々と問題があっても自民党が一番まともな政党だとすら思っているのだが、票を投じたことは一度もない。天邪鬼なもんで。

 選挙は大好きでも、投票を通じた民意の反映などという原則論を素朴には信じていない。投票のたびに思い出すのはルソー『社会契約論』にあるこんな言葉。「イギリス人は選挙キャンペーン中は自由である。しかし、選挙が終わった途端にすべては奴隷となる」。ルソーの口ぶりは非難がましい。だが、議会制民主主義とはそもそも社会体制の革命を防止するために設計されている。人々の不満をガス抜きするためのアブソーバーに過ぎない。そして、それはそれで悪いこととは私は思っていない。

 “政治”の定義は色々とあるが、一つの要素として支配・被支配の関係が挙げられる。明示的にせよ、黙示的にせよ、複数の人間が集まれば必ずこの関係が現われるが、力ずくで行なわれれば専制と呼ばれ、当事者の同意があればリーダーシップと呼ばれる。選挙とは、“民主主義”という名目の下、この支配関係に正当性を与える手続的なセレモニーである。

 二十世紀初頭の社会学者ロベルト・ミヘルスは“寡頭制の鉄則”を指摘した。彼はドイツ社会民主党の分析を通して、“民主的”といわれる政党であればあるほど、むしろ党幹部の専制的指導力が強くなるという逆説を剔抉し、政治学史に独特な位置を占めている(ミヘルス(南・樋口訳)『現代民主主義における政党の社会学』木鐸社、1990年)。

 民主主義とは、一面において個人主義とイコールである。封建時代の桎梏を脱し、自由の空気を味わいつつある近代人にとって、自分以外の誰かに支配されるということは、たとえ実害がなかったとしても、そのこと自体がプライドを傷つける。だが、政治は、一定の支配関係を形成することで秩序を守らなければならない。この矛盾をどのように考えるか?

 二十世紀における法哲学・憲法学の泰斗ハンス・ケルゼンは、投票による代表制を通じて“民意”という抽象的な権威を形成し、具体的な誰かに支配されているわけではないと有権者が納得する、そうした一連のフィクショナルな手続きとして議会制民主主義を擁護する(ケルゼン(西島訳)『デモクラシーの本質と価値』岩波文庫、1966年)。

 フィクションというのは非常に大切だ。我々は自由である、かのように思う。民意は政治に反映される、かのように思う。その他もろもろの“かのように”の積み重ねによって辛うじて我々の社会生活は成り立っている。こうした立場を西洋哲学史では新カント主義というらしいが、詳しいことは知らない。ハンス・ファイヒンガー〟Die Philosophie des Als Ob〝(“かのように”の哲学)の邦訳はないが、このエッセンスを森鴎外が紹介してくれている(森「かのように」、『阿部一族・舞姫』新潮文庫、1968年、所収)。

 日本で普通選挙法が制定されたのは1925年。当時、高畠素之という思想家がいた。マルクス『資本論』を邦語で初めて全訳したことで知られるが、翻訳と同時にマルクスを批判して国家社会主義を提唱。戦後の左翼全盛の歴史学界ではほぼ黙殺に近い扱いを受けた。高畠はその頃、シニカルで辛口の社会時評でも名前を売り出しており、議会制度についても容赦なく本質を衝く。彼はドイツ語が堪能で、ミヘルスやケルゼンもしっかりと読み込んでおり、議会制度とは指導者支配を有権者多数による政治とみせかける擬制であると喝破した上で次のように述べている。

「羊頭狗肉、言い換えれば、羊の皮を着た狼である。国民の自我意識が或る程度まで進むと、こんな手練手管も支配上の必要不可避な条件となって来る。必然の悪だ。」「議会政治、政党政治は、斯くの如き羊頭狗肉の実を示す限りに於いてのみ存在の意義を有つ。」「節制あるデモクラシー国民は、デモクラシーの本分的限界を忘れないから、議会政治を葬る必要をも感じない。デモクラシーをオートクラシーの仮面として利用する国民のみが、議会政治を無難に維持し得るのである。」(高畠「議会政治の正体と将来」、『論・想・談』人文会出版部、1926年、所収)

 自民党が負けようが、民主党が勝とうが、たいした問題ではない。どちらが政権を担当したところで、妥協の積み重ねを通して国民誰もが満足できない、だけど不満をできるだけ軽減する、そうした形で政治は進む。そういうものだ。肝心なのは、選挙を通して政治に関与している、かのようなフィクションにどれだけ国民が馴染んでいるかどうかだ。選挙というフィクションそのものに対する正当性を測るという意味で、選挙結果なんかよりも投票率の方がはるかに重要だと私は思っている。

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2007年7月26日 (木)

森達也『悪役レスラーは笑う──「卑劣なジャップ」グレート東郷』

森達也『悪役レスラーは笑う──「卑劣なジャップ」グレート東郷』(岩波新書、2005年)

 もう40年ほど昔のこと、テレビが娯楽の主役となりつつある頃、プロレスは人気番組の一つとしてかなりの視聴率をかせいでいた。そうした中、プロレス中継を見ていた老人が相次いでショック死したと報じられた。ブラウン管には、外人レスラーに噛み付かれて額から血を噴出させながらニタニタと不気味に笑うグレート東郷の姿が映っていた。

 私はプロレスには全く興味がない。だから、グレート東郷という名を見るのは初めてだったが、今では一般的にも知名度はゼロに近いようだ。日系二世、第二次世界大戦の余韻がまだおさまらぬアメリカのプロレス界で悪役を張り、しこたま稼いだらしい。なぜか、力道山と仲が良かったという。

 力道山が北朝鮮出身ということはもはやタブーとはされていない。在日の彼が繰り出す空手チョップが外人レスラーたちをバッサバッサと薙ぎ倒す姿に拍手喝采し、敗戦のトラウマを解消しようとした日本人観客の熱狂。現在の後知恵だから言えることではあるが、そこには奇妙なねじれが見られる。日本人にとっても、そして力道山自身にとっても。

 同様のねじれがグレート東郷にもあった。著者は、もはや数少ないかつての関係者や事情通のもとを訪ね歩きながら東郷の人物像に迫ろうとするのだが、「彼は日系ではない、中国系だ」「そんな話聞いたことないな、彼は韓国系だよ」と異なる情報が錯綜し、混乱してしまう。結局、結論は出ない。だが、出自を東郷がひた隠しにしたこと、敢えて“卑劣なジャップ”として悪役に徹したことも含め、なかなか剥がせない仮面の内側に潜んでいたであろう何かを予想させ、それだけ人間的な生々しさを感じさせる。

 プロレスという、ある種のいかがわしさを売り物とする娯楽の裏に秘められたナショナリティーの葛藤に光を当てたところに本書の面白さがある。ただ、やたらと政治批判に結び付けようとする筆運びには少々白けてしまう。森達也の着眼点には本当に感心しているだけにもったいない。

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2007年7月25日 (水)

「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」

 「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」を観た。監督はCMディレクター出身の吉田大八。渋谷のシネマライズ、日曜日の最終上映回は1,000円均一ということで割合と混んでいた。観客層は若い。

 緑色があざやかに映えた田んぼが広々と続く、のどかな風景。しかし、澄伽(佐藤江梨子)の眼には、ねっとりと足にまとわりつく、振り捨てたくてもなかなか離れない過去の呪縛そのものとしか映らないようだ。両親が事故で死に、葬儀に合わせて澄伽が東京から戻ってくる、そう聞かされた妹の清深(佐津川愛美)の表情はくもり、ぜんそくをこじらせた。

 自分は女優になるしかないと思い込んで上京した澄伽。だけど、うまくいかないのは、みんなが「私の特別さ」を理解しないから。ジコチューもここまで徹底されると妙にすごみがある。とりわけ、澄伽の空回りっぷりをマンガに描いた妹への憎悪はすさまじい。姉がねちねちと繰り返す八つ当たりに清深はじっと耐えている、かのようでいて、実は彼女もまた結構アブナイ。両親がトラックに轢き殺され、グチャグチャになった死体を目の当たりにして、悲しいのに再び創作意欲をかき立てられていた。荒れる姉を尻目に上京するときの一言、「お姉ちゃんは自分の面白さが全然わかってないよ」

 見ようによっては陰惨な話なのだが、キャラクターそれぞれのテンションが高くてなかなか面白い。佐藤江梨子のスラリとした肢体、佐津川愛美のオタクっぽい暗さとちぐはぐなかわいらしさも良かったが、妙にとぼけた兄嫁・待子を演じた永作博美の年齢不詳なあどけなさが特に目を引いた。他に、兄の役で永瀬正敏も出演。

 この映画では澄伽vs.清深の姉妹対決が軸で、待子はそのまわりを右往左往、笑いをとる役回り。本谷有希子の原作(講談社文庫、2007年)では、澄伽の“自分”オーラ全開と、待子の“ごめんなさい”マイナス・オーラとの対比がもっと際立っていたように思う。

 映画と原作小説とではラストも違う。映画では、澄伽が「私の面白さを最後まで見届けなさいよ」と言って、姉妹対決が延々と続きそうな予感の中で終わる。原作では、あまりの自意識過剰をもてあました澄伽が、無邪気な待子の声援を受けて、人類の滅亡を願って呪いの人形に釘を打ちつけるという、結構シュールというか、グロテスクな終わり方。

 本谷有希子は、自意識過剰のあまり自爆してしまう人間のぶざまな心理の動きを、意地悪に茶化しつつ、残酷なまでに解剖していく。おそらく本谷自身も己の中に見出したものなのだろうな、と思いながら、かく言う私も本谷のメスさばきにマゾヒスティックに共感して、おもいっきりツボにはまってしまった。

 『ぜつぼう』(講談社、2006年)は、売れなくなったひきこもりの元芸人がムダにめぐらす“絶望感”を完膚なきまでに茶化してしまう。一つの“悩み”が頭に浮かんで、しかしそれを裏読みすると本当に“悩み”なのかどうか分からなくなってしまう、そうした突き詰め方がなかなか意地悪。

 『遭難、』(講談社、2007年)で本谷は鶴屋南北戯曲賞を受賞。学校の職員室を舞台に、クールで身勝手な女教師が自分を守るために次々と他人を陥れていこうとする筋立て。これがまた毒気たっぷりで面白い。誰か映画にでもしてくれないかな。

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2007年7月24日 (火)

梅佳代、新刊立て続け

 書店の芸術書フロアをふらついていたら、梅佳代の新刊が立て続けに刊行されたようでフェアが組まれていた。そんなに特別なファンという自覚はないのだが、やはり梅の写真は面白いのでついつい手に取ってしまう。

 『うめ版』(三省堂、2007年)は『新明解国語辞典』から抜き出した言葉に梅の写真を添えるという構成。組み合わせの妙に思わず顔がほころぶ。オビにある2枚の写真が良い。腕組みしてふてぶてしく横目にこちらを睨みつける少女に付けられた言葉は「ライバル」。「恋」という言葉が添えられた、うら若き女性のいかにもせつなそうな表情も良い。

 中をパラパラめくっていると、階段にちょこんと座ってこっちを見ている猫の写真に「おう」とあるのには爆笑した。「世の中」には、なぜかオープンカーに乗ったピーポくん(警視庁のマスコット)。つながりがよくわからんが、無理やり納得。そういえば『うめめ』でも、夜の交差点で踊っているピーポくんの写真が唐突に出てきて、妙にシュールで笑ったな。「陰謀」の写真の舞台は、新宿のクラシック喫茶、「らんぶる」だろう。時々行くことがある。…と、いちいち挙げてたらキリないな。

 『男子』(リトルモア、2007年)は、小学生男子がおバカに暴れまわる生態を撮り集めた写真集。“男子(だんし)”という音の響きが、イメージとして確かにピッタリする。これも面白いんだけど、こきたねえガキンチョの写真にわざわざ金を払うのも…、と変なわだかまりが湧き起こって購入はせず。

 今月出たばかりの『SWITCH』No.8でも梅佳代の写真で特集。テーマは「十代のいま、十代のころ」、被写体は新垣結衣。表紙を見た瞬間、一秒たりとも迷わずに買った。恥ずかしながら、ポッキーのCMで元気にピョンピョン飛び跳ねているのを見て以来、ガッキーの大ファン。単に見栄えがかわいいというだけでなく、表情がコロコロ変わるところがとにかく目を引く。そんな新垣の魅力を梅のユーモラスなアングルはよく捉えている。

 ところで、私にはアイドルの写真集を買うという習慣がそもそもない。今回はカルチャー系の雑誌だし、あくまでも梅佳代の写真だから、と言い訳しながら(誰に?)レジへと向かった。店員さんと目が合ったとき、見透かされたような気がしたが、思い過ごしだろう。と言うか、別にエロ本買ってんじゃないんだから、何を動転してるんだ、オレは。

 関係ないが、画集コーナーの新刊で、会田誠の作品集成『MONUMENT FOR NOTHING』(グラフィック社、2007年)が積まれていた。以前から会田の作品集は手許に置いておきたいと思ってはいたのだが、やはり5,000円はつらいなあ。迷っている。なお、会田の作風を知っている人に断っておくが、私は変態ではありません、念のため。

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2007年7月23日 (月)

「街のあかり」

アキ・カウリスマキ監督「街のあかり」

 ヘルシンキで夜間警備員を勤める青年、コイスティネンはいつも一人。同僚からも上司からも疎んじられ、酒場に行っても話し相手はいない。うつむき加減に視線をあらぬ方にやる、もの憂い彼の表情が印象的だ。不満げとか、悲しげとかいうのではなく、気持ちのすき間が満たされない漠然としたさびしさ。

 そんな彼が休憩時間、いつものようにコーヒーをすすっている前に突然現われた女性、ミルヤ。実は、コイスティネンの「犬のように従順で、ロマンティックなバカ」という性格を見抜いたマフィアの親分が送り込んだ罠だった。コイスティネンは彼女にぞっこん。しかし、彼が警備を担当していた宝石店のカギを盗まれ、強盗の嫌疑までかけられる。職場はクビになった。転落の人生。

 裏切られたことを知ってもコイスティネンの表情はいつものようにもの憂げなまま変わらず、怒りを露わにすることはない。親分の差し金で再訪したミルヤが彼の部屋にカギを隠すのに気付いても放っておいた。直後に警官が踏み込み、彼は刑務所に送られる。自分に降りかかる災いの一切を、そういうものだとあたかも予見していたかのような態度で淡々と受け入れていく。

 今回の作品のテーマは“孤独”ということらしい。たび重なる不運を見ていると気持ちはどんよりとくもってくる。だが、不条理にうちひしがれた人生を描きつつもちゃんと救いを用意してくれるカウリスマキ映画のスタイルはこの「街のあかり」でも踏襲されている。コイスティネンはマフィアにボコボコに殴られて重傷を負う。そこに、それまで邪険にしていたソーセージ屋の女性が駆けつけ、彼の手をにぎる。彼が弱々しくもしっかりとにぎり返したところで終幕となる。

 コイスティネンの打たれ強さ。もちろん、彼の誠実さの表われだが、もう一面において“鈍感”としか思えない。こう言ってしまうと身もふたもないが、人生には希望も喜びも本来的にあり得ないと私は思っている。かりそめの“希望”、かりそめの女性の“愛”、そういったものを鼻先にぶら下げて、直面した耐え難さから目を背ける。それは、敢えて“鈍感”に生きるため、人間が本能的に働かせる一つの智慧だと私は思っている。カウリスマキの意図には反するかもしれないが、そんなことを考えながらコイスティネンの憂いを帯びた静かな表情をじっと見ていた。

 カウリスマキ・ファンは着実に増えつつあるようで、上映館はほぼ満席に近い盛況だった。

【データ】
原題:Laitakaupungin valot
(英題:Lights in the Dusk)
2006年/フィンランド/78分

(2007年7月22日、渋谷、ユーロスペースにて)

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2007年7月22日 (日)

「A」「A2」

 1995年に起こった地下鉄サリン事件を発端とした一連のオウム騒動はいまだに記憶に生々しい。森達也監督の「A」(1997年)は教団の荒木・広報副本部長を中心に、「A2」(2001年)は日本各地に暮らすオウム信者たちの拠点を訪ね、教団内部への取材を通してオウム真理教をめぐる問題を描き出したドキュメンタリーである。

 直接的か間接的かはともかく、オウム真理教に題材をとった映画は割合と製作されている。是枝裕和監督「ディスタンス」(2001年)は、教団入りした家族が修行していた場所を、残された人々が事件の一年後に訪ね、夫婦・兄弟といった最も親しい関係だったにも拘わらず話をしても互いに理解不能となってしまった困惑を思い返し、捉え返そうとする姿を描いていた。

 「A」の初めに、信者たちへ質問するシーンがある。彼らは問われたことに対してとにかく滔々と語る。きちんと理屈だっているのだが、よどみないところがかえって不自然な感じ。カメラを意識して構えているのかもしれないが、前提として共有された感覚がなければ論理なんてものも意外に無効なことを思い知らされる。

 ところが興味深いのは、信者と近隣住民との関係の変化だ。住民たちは「オウムは出て行け!」とシュプレヒコールを繰り返し、テント小屋を張って検問までしていた。しかし、長い時間顔を合わせていると互いに情がうつるようで、いつしか信者と反対住民とが和気藹々と談笑するようにまでなった。信者たちが退去する時にはさびしそうな表情で「脱会したらまたここに来いよ。受け入れるよ」と声をかけていた。子供ほどの年齢のオウム信者たちは本当に生真面目なので好意を持ったのだろう。オウム反対運動は、それまで他人同士として暮らしてきた地域住民自身にとっても交流の場としての機能を果たしたらしい。ひとつの事件を通して、それこそオウム信者という敵も含めて、情緒的な一体感が生まれるプロセスは社会学的に面白いテーマではないか。

 公安が信者に難癖をつけて逮捕してしまうシーンもリアルに映像に収められている。それにしても公安というのは、口ぶりといい、目つきといい、本当に憎ったらしいな。それが彼らの仕事だから仕方ないとは思うのだが。もみあって偶発的(?)に転んだ瞬間をとらえて、「逃走を図ったので阻止を試みた、公務執行妨害で逮捕」とあっという間に進めてしまう手際の良さには驚く。転ばされたのは信者の方なのだが。

 “報道の自由”を大義名分とした報道陣の取材攻勢の押し付けがましさも目に付く。無論、教団側の説明が一方的で我々には納得しがたいものであったことも事情としてあるにせよ、テレビでニュースを見る時の視線と、ブラウン管の向こう側とのズレが随所で浮き彫りにされ、マスコミ報道の問題も提起されている。

 「A2」では、各地で暮らす信者たちの小コミュニティーにも取材をしている。彼らの生活を見ながら、塩田明彦監督「カナリア」(2004年)を思い出した。社会的にバッシングを受ける中、寄りそって暮らす信者たち。それは信仰の共同体というよりも、当面生きていくために必要な生活共同体という描き方だった。西島秀俊が演じた取りまとめ役の温厚で物静かな青年に私はとても好感を持った。

 「A2」にこんなシーンがあった。ある女性信者がキティーちゃんグッズを持っていて、「えっ、教義に反しないの?」と突っ込まれても屈託なく笑っている。隣の信者も「仕方ないのよねえ」と苦笑しているのが印象に残っている。大きな閉鎖的共同体に教祖として君臨していた麻原という重石がはずれ、細分化された個々の小共同体では、以前のようにリゴリスティックなしめつけは薄れているのだろうか。

(2007年7月21日、DVDで)

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