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2007年7月1日 - 2007年7月7日

2007年7月 6日 (金)

斐昭『となりの神さま』

斐昭『となりの神さま』(扶桑社、2007年)

 私は小田急沿線の郊外に育ったので、代々木上原のモスクはなつかしい。あのドームと尖塔の堂々たる姿は、都心に出てくる時のシンボルというくらいに鮮やかな印象を幼い眼に焼き付けていた。いつしか消えてしまい、さびしく感じていた。老朽化のため1986年に取り壊されたらしい。しかし、2000年に再建され、本書のカバー写真にあるように美しい威容を再び見せてくれている。

 日本にやって来た外国人たちについて意外と何も知らないことに改めて気付かせてくれた。ニコライ堂にエチオピア正教会の信徒も来ることは初めて知った。イグナチオ教会には礼拝日ともなるとフィリピーナ向けの露店が出て賑わうらしいが、2時間もすると警官が外国人登録証のチェックを始めて、客を追い払ってしまうそうだ。群馬県の工業地帯に日系ブラジル人の労働者が集まっていることはよく知られているが、実はムスリムも来ている。半裸になってサンバを踊る女性の際どい姿に、ムスリム男性の視線が釘付けになっている様子を思い浮かべてつい吹き出してしまった。

 よるべない異国の地にやって来て不安な中、宗教的コミュニティーは言わば生きる智慧として不可欠なものだろう。精神的な拠り所というだけでなく、日常の具体的なトラブルについて相談するために。一つの場所ができれば、日本人も含め様々な人々が集まってくる。草の根の異文化交流の場となるが、諍いまじりのマイナスの交流とならなければいいのだが。

 彼ら彼女ら一人ひとりの事情を深く突っ込んでいるわけではないが、写真をふんだんに織り交ぜており、臨場感はあって面白い。

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2007年7月 5日 (木)

佐藤優『地球を斬る』

佐藤優『地球を斬る』(角川学芸出版、2007年)

 私自身も含めて一般読者の多くにとって外交問題、インテリジェンスの問題は直接には関係してこない。国際情勢の裏事情を知ったところでやじ馬的興味に終わるだけ。しかし、自分が普段なじんでいるのとは様相の全く異なる言説空間の中で頭を動かしてみるのは貴重な思考訓練となる。

 相手があって初めて外交という営みが必要とされる。本書は『フジサンケイビジネスアイ』紙で2006年に連載された時事コラムに現時点での検証と解説キーワードを付して構成されている。具体的な国際問題を取り上げながら、相手から様々な形で出されてくるシグナルの気付き方、そして相手の内在的ロジックの読み取り方を、いわば練習問題をこなすように分析してくれる。個々の分析の正否はたいした問題ではない。著者がどんな場合にどんなロジックを武器として活用しているのかを追体験すること自体が知的ゲームとして刺激的だ。

 相手を理解不能な狂信者と決めつけて思考停止に陥ってしまうようでは、その時点ですべてが終ってしまう。理解可能なカギを見つけ出し、それをきっかけに相手の内在的論理をたぐりだしていく必要がある。北朝鮮については、敗戦直前の日本国民の精神状況を思い起こせば想像的理解は困難ではない。イスラム世界での自爆テロリストを経済合理性で分析するところなど面白い。

 相手の内在的論理を個別に把握した上で、それが国際情勢の大きな枠組みの中でどのように位置づけられるのか。視点を柔軟に移動させ、複層的な理解を組み立てながら、より認識の精度を高めていく。著者によると、こうした認識方法はヘーゲルから学んだそうだ。

 どんな仕事でもそうだが、人は所与の条件の中でもがくしかない。そこに文句をつけたところで無意味だろう。相手の内在的論理を捉えるには、結果として出てきた言動は自分の理解を超えているかもしれないが、自分に与えられたのとは異なる条件の中で相手も相手なりの筋を通そうとしている、そうした想像力を凝らした敬意が不可欠となる。このように緊張感のはらんだ無言のダイアローグは翻って、それでは自分は自分に与えられた条件の中で自分なりの筋を通しているのかという謙虚な自己反省にもはねかえってくる。これは人生論としてばかりでなく、政治的に言うならナショナリズムの多元性を保証する倫理に直結する。こうした意味での倫理が著者の佐藤優という人物のめぐらす思考の根底に一貫しており、そこに私は魅力を感じている。

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2007年7月 4日 (水)

角田房子『甘粕大尉』、他

「大ばくち もとも子もなく すってんてん」

 日本の敗戦直後、ソ連軍が刻一刻と迫りつつある中、甘粕正彦は青酸カリをあおって自ら命を絶った。その時、満映理事長室の黒板に甘粕の筆跡で書かれていた辞世の句がこれである。

 私が角田房子『甘粕大尉』を初めて読んだのは中学生の頃。最初の単行本は1975年に中央公論社から刊行されている。緑色の装幀に厚みのあるビニールカバーのかかった古びた本を親の本棚から引っ張り出して読んだ。それは今でも私の手許にある。初めて読んだ時からこの甘粕という人物に不思議な魅力を感じていたが、今回、ちくま文庫の増補改訂版(2005年)を読み返し、そうした気持ちを新たにしている。

 無論、彼を好き、とは言えない。天皇崇拝にも日本至上主義にも私は違和感があり、思想的には共感できない。ただ、政治的な考え方は別として、屈折した人生を強いられながらも、その中で自分なりの筋を通さざるを得なかった姿には、人の視線を否応なく引付けるだけのすごみがある。日本から満洲国に渡った人々はみな一様に「これが噂の大杉殺しか」という目で見る。甘粕にもそれが痛いほどによく分かっている。だが、そうした甘粕に批判的な人であっても、彼の実際の風貌に接して、単なる人殺しとは違った印象を受け止めているのが不思議というか面白い。

 私が甘粕を最初に意識したのはベルトルッチの「ラストエンペラー」を観た時だ。中学一年生の時、それまでのドラえもんとかハットリくんとかを卒業して初めて大人の映画を観たのがこれだった。坂本龍一の演じたなかなかダンディーな甘粕は、これはこれで悪くない。ただ、陰影の奥行きを感じさせる屈折した暗さはイメージとして共通するものの、実際の甘粕はもっと愚直で泥くさい。何よりも、憲兵出身だからか、彼の持ち前の性格なのか、原則論を盾に一切の妥協を許さない苛烈な厳しさがあった。自分自身の中で明瞭に完結した判断基準があり、相手が誰であろうと、それこそ関東軍の将軍だろうと、ムッソリーニやヒトラーだろうと関係なく率直にものを言う態度は、どことなく石原莞爾にも似ている。二人の仲は悪かったらしいが。

 そうした厳しさにも拘わらず、一方でふざけた辞世の句を残すような甘粕の別の側面が目を引く。遺書にも笑ってしまった。満映は中国側に引き渡される手はずとなっていたが、その管理費用が足りず、満洲興業銀行から不足分を借りる約束になっていた。遺書3通のうちの1通がその依頼状で、「二百万円貸してください。貸さないと死んでから化けて出ます。」

 甘粕とじかに接した人々の回想では、人それぞれに印象が異なるのが興味深い。厳しい人、怖い人、陰険な謀略の人、権力主義者と芳しからぬ評判の一方で、気遣いの人、根はやさしい感情家という印象を漏らす人々も少なくない。度重なる屈折がつくり上げた幾重にも複層的なパーソナリティー。裏の世界に生きるしか彼の道はなかった。

 屈折、というのは具体的には何よりも大杉栄、伊藤野枝、橘宗一殺害の負い目を指す。だが、この事件の真相はいまだに判明していない。武藤富男や古海忠之など甘粕の身近に仕えた人々も初めは「この手で大杉を殺したのか…」と不審げな視線をやって彼を忌避していた。しかし、しばらく付き合っているうちに「この人は殺していないな」と確信するようになる。ただし、あくまでも心証に過ぎず、甘粕自身も事件については貝のように口を閉ざしたまま。著者の角田も「甘粕の意思による殺人ではなかった」ことをほぼ確信した筆致で書き進めながらも、確証がないため結論は出していない。

 真相がどうであろうと、大杉殺しの烙印は甘粕にいつまでも付きまとう。太田尚樹『満州裏史』(講談社、2005年)は甘粕と岸信介の二人に焦点を合わせて満洲国の背景を読み取ろうとしたノンフィクションだが、甘粕に出会う誰もが例外なく「これが大杉殺しか」という好奇の眼差しを、ある者は暗黙のうちに、またある者は公然と向けるシーンを繰り返し描いているのが目に付く。そうした執拗なまでに追いまとう呪縛に抗うように、普段は謹厳な職務精励ぶりを示す彼が、夜には爆発して荒れ狂うのが印象に強く残った。(なお、『満洲裏史』の甘粕に関する記述の多くは角田書に負っており、それほど新味のある作品ではない。ただ、岸を絡めたところに特徴があり、読み物としては読みやすい)

 なお、角田書の増補改訂版では王希天殺害事件について『甘粕大尉』執筆後に分かり得たことをメモ的に書き足している。関東大震災の際、朝鮮人ばかりでなく中国人労働者も多数殺されたという事件があったことはあまり知られていない。この労働者たちのまとめ役となっていたのが王希天である。角田さんはもう九十歳を超えるご高齢にも拘わらず、まだ執筆活動を続けておられ、『秀吉の朝鮮侵略』を現在のテーマとしているそうだ。本当に頭が下る。

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2007年7月 2日 (月)

滝沢誠『権藤成卿』

滝沢誠『権藤成卿』(ぺりかん社、1996年)

 学生の頃、権藤成卿『自治民範』を手に取ったことがある。制度学という、漢学的語彙を以て展開される異様に晦渋な文体を前にして私は両手を挙げて降参するしかなかった。戦後になって刊行された『権藤成卿著作集』の第一巻であったが、版元は黒色戦線社。アナキストの出版社として知られている。オーソドックスな政治思想史のテキストでは“農本ファシスト”と分類される権藤の著作にアナキストが関心を持っていたということが私の目を引いた。

 右翼と左翼が行動的ラディカリズムにおいて紙一重ということは多少なりとも政治学になじんだ人ならば常識であろう。右翼/左翼という二分法は指標として便利ではある。ただ、政治思想の内在的な質、言い換えると個々の人物の感性に奥深く根ざした何ものかの発露として思想を把握しようとする場合、こうした形式的二分法は往々にして見る者の目をくもらせてしまう。“分類”の発想にはその社会における定型的な見方が反映している。そうした定型を崩しながら、思想家たちのそれぞれに個性的で複雑な機微に分け入っていくことは、それ自体がスリリングな作業であるばかりでなく、読み解こうとするこちら側の感受性が核心的なところから試されるという緊張感に身が引き締まる。

 国家観というのは、突き詰めると人間観に行き着く。たとえばホッブズは、“個人”として析出された人間が様々な契機を以て争い合う可能性に留意して、いわば“性悪説”的な人間観から国家を弁証し、近代的な政治学の始祖とされた。『リヴァイアサン』では、そうした人間の性質を事細かに箇条書きした目録がページの多くを占めている。人間が自分勝手にルールを乱すことを織り込んだ上で政策対応を組み立てるのが社会科学的思考方法の第一の特徴と言っても過言ではあるまい。

 ただし、人間観というのは各自の人生体験に応じて滲み出てくるもので、正解はない。人間というのは本来助け合うものだ、ただ様々な社会的矛盾がそうした人間の本性を不自然に引き裂いてしまったのだ、という考え方もあり得る。この点で、権藤や、あるいはトルストイアンから始まって権藤と同様に農村自治論へと進んだ橘孝三郎たち農本主義者とアナキストとは相通ずる思想的基盤を持っていた。権藤は黒龍会系の右翼人脈に属する一方で、大杉栄とも親しくしていた(なお、関東大震災後、甘粕による大杉殺害を内田良平が称賛したため、権藤はそれまで付き合っていた内田と絶交したという)。また、農本思想に共鳴する人々が集まって結成された日本村治派同盟に、権藤や橘らと共に白樺派の武者小路実篤の名前が見えるのも決して奇異なことではない。

 権藤の思想のキーワードは“社稷”。一人ひとりの素直な思い遣りの気持ちが歴史的に積み重なって生成した自治的な地域共同体を指す。ところが、明治政府の中央集権化、資本主義による経済システムの拡大という政治・経済の両面において露わとなった権力という暴力によって、農村に残っていた社稷の慣習が崩されつつある。そうした危機意識が国家革新運動へのモチベーションとなった。明治政府への反感には、玄洋社以来、自由民権運動に源流を持つ黒龍会の雰囲気をうかがわせる。

 一言で“右翼”とくくられてしまう思想の中でも、権力を以て体制をまとめ上げようとする国家主義と、逆に権力の行使は民族の情緒的一体感を崩してしまうとして反権力主義を取る流れと、両方が混じりあっている点には留意する必要がある。

 権藤は『南淵書』なる古典を持ち出してくる。南淵請安が中大兄皇子や中臣鎌足に説いた政治の本義が示されているらしいが、蘇我氏の専横によって崩れかけた社稷を回復した大化の改新に権藤は一つのモデルを見出す。蘇我入鹿暗殺は、“君側の奸を討つ”という昭和維新クーデターを正当化するアナロジーとして働いた。現状変革を正当化する権威を歴史に求めるのは中国の古典に特徴的な論法である。『論語』にも「述べて作らず。信じて古を好む」という言葉がある。権藤と同時代、清朝の光緒帝を動かして変法自強運動を進めた康有為の公羊学もやはり同じ論法を取っている。

 権藤の思想の特徴として、もう一つアジア主義が指摘できる。若い頃、黒龍会の内田良平や武田範之、杉山茂丸、一進会の李容九、宋秉畯らと共に日韓合邦運動に加わっていた。一進会には“鳳の国”なるプランがあったらしい。朝鮮半島を軸に東は沿海州、西は万里の長城の北側へと両翼をのばす形が鳳に似ているのでこう呼ばれたそうだが、この領域をかつての“大高麗国”の版図であったとみなし、朝鮮人の入植活動を進めようという構想である。これが日韓合邦運動と連動していたというのは本書で初めて知った。

 なお、一進会については、日本側がでっち上げたダミー団体であったという説と、朝鮮側の自発的な動きで結成されたという説との両方が錯綜しているが、後者を取るのが正しそうだ。対等合併を目指していたにも拘わらず、結果として日本側に騙される形になり、運動を進めた人々も裏切り者とされてしまったのは何とも言えずさびしい。ただ、欧米に対抗しようという目的があったにせよ、自分の国を他国と一緒にしてしまおうという動きの内在的なロジックが私にはどうにも得心がいかず、戸惑っている。

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2007年7月 1日 (日)

「それでも生きる子供たちへ」

 「殯の森」を観るつもりで渋谷に出た。上映館の前まで来て、今日は映画サービスデーで1,000円均一であることに気付く。前売り券を買ってあったので、500円損するというけちくさい計算が働き、別の映画を観ようと移動。「それでも生きる子供たちへ」を観ることにした。

 世界中の子供たちの直面する問題に焦点を合わせて七人の監督が撮った作品をオムニバス形式で集めた映画である。ユニセフやWFPが後援に入っている。以前にも書いたことがあるが、ヒューマニズムを前面に押し出した作品というのが私は好きではない。正論を真っ向から振りかぶられると、その有無を言わせぬ暗黙の高圧にかえってうさんくささを感じてしまうからだ。それで、実はこの映画も観ようかどうしようか迷っていた。結論から言うと、観て良かったと思う。子供をテーマとしながら映像作りの工夫が凝らされており、それぞれの密度があまりにも濃くて上映終了時にはだいぶ疲れてしまったが。

 冒頭のメディ・カレフ監督「タンザ」が題材に取り上げたのはルワンダの少年兵。時限爆弾のカチカチ…という音をリズムとして少年がまどろむ姿が、穏やかな笑みを湛えた寝顔だけに余計に哀しい。

 エミール・クストリッツァ監督「ブルー・ジプシー」は、おそらくユーゴ内戦後のすさんだ状況を踏まえているのだろうか、少年院を出たり入ったりする子供に焦点を当てる。クストリッツァの作品としては他に「アンダーグラウンド」を観たことがあるが、ブランスバンドがブカブカ鳴る中みんなが忙しげに騒ぎまわるのが特徴的。コメディータッチのバカ騒ぎと少年の抱えたものとの対照には、かえってやるせない気持ちになってしまう。

 スパイク・リー監督「アメリカのイエスの子ら」の主人公はエイズに感染した少女。湾岸戦争帰りでヤケッパチになった父、その影響でヤク中となった母。両親とも娘のことを真剣に思っているのだが、悪循環に陥ってなす術がないのがつらい。少女が、エンカウンター・カウンセリングであろうか、自身の心を打ち明けて孤立感から脱け出せそうな場に入ることができたところで何とか希望をつなぐ。

 カティア・ルンド監督「ビルーとジョアン」、ステファノ・ヴィネルッソ監督「チロ」は両方ともストリート・チルドレンを取り上げる。暗い話が多い中、「ビルーとジョアン」はめげそうになっても前向きなところがあってホッとした。「チロ」は影絵とパーカッション・アンサンブルとの組み合わせなど映像の演出がおもしろい。

 ジョーダン・スコット&リドリー・スコット監督「ジョナサン」。ジョーダンはリドリーの娘らしい。神経症になった報道カメラマンが、戦場で子供たちと一緒になる幻想を見るという話。森の中を駆け抜けていく時の弦楽合奏が素晴らしくて耳に残った。

 最後はジョン・ウー監督「桑桑(ソンソン)と小猫(シャオマオ)」。貧富の格差が広がった中国において、金持ちだが両親の離婚に翻弄される桑桑と、育ての親を事故で失ってしまった捨て子の小猫とを対比させる構図。泣き所は用意してあるものの、ありがちなストーリー構成であまり感心しない。二人の少女の愛くるしさが、境遇の違いに応じてそれぞれよく引き出されていたのでよしとしよう。

【データ】
英語タイトル:All the Invisible Children
イタリア・フランス/2005年/130分
(2007年7月1日、渋谷、シネマライズにて)

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