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2007年6月10日 - 2007年6月16日

2007年6月16日 (土)

島田裕巳『公明党vs.創価学会』

 新聞を開いたら公明党の参議院議員が離党するという記事が載っていた。細川政権成立前後から最近の郵政選挙まで与野党を問わず離党騒ぎはごくごく当たり前の光景だが、そうした中でも公明党(もしくは共産党)の現職議員が離党するのは極めて異例だ。夏の参院選に向けて公認がとれなかったのが理由らしい。

 以前、たまたま古本屋で藤原弘達『創価学会を斬る』(日新報道、1969年)をみつけて目を通したことがある。いわゆる言論出版妨害事件、公明党の竹入義勝が田中角栄を通じて出版差し止めの圧力をかけたといわれるあの事件で話題となった本だ。丸山眞男のファシズム論の枠組みを用い、閉鎖的な大衆動員システムとして創価学会を捉えていたように記憶している。丸山のファシズム論では小学校教員や在郷軍人などの“擬似インテリ”が国民を扇動する役割を果たしたとされる(丸山眞男『現代政治の思想と行動』「ファシズムの思想と運動」)。創価学会を創立した牧口常三郎や戸田城聖も小学校の教員だったわけで、この理論に適合的。もっとも、丸山理論は日本政治を考える上で貴重なたたき台となったとはいえ、いまではそっくりそのまま鵜呑みにしている論者など少ないが。

 ここのところ、島田裕巳は創価学会の研究を進めている。『創価学会』(新潮新書、2004年)、『創価学会の実力』(朝日新聞社、2006年)と続き、三冊目の本書『公明党vs.創価学会』(朝日新書、2007年)では東大の御厨貴研究室の協力を得て政治分析に踏み込んでいる。

 本書で第一に興味深いのは、公明党は自民党批判をしながら政界進出したにもかかわらず、その基盤は本来保守的であるという指摘だ。

 高度成長期、都会に出てきた農村の次男坊、三男坊。労働組合や共産党ですら組織化できなかったよるべない彼らに互助的なコミュニティーをつくり上げたことは創価学会の果たした役割として否定すべきではないだろう(いわゆる“折伏”は、コミュニティー内部の結束を強める一方で、周囲の非学会員にとっては非常に迷惑ではあったが)。彼らは、都会では創価学会員となり公明党を支持したが、農村に残っていれば自民党の支持者のままだったはずだ。その意味で、自民党、とりわけ田中派と創価学会が結びつくのはむしろ自然であったという。つまり、体質的には保守的だが、都会における社会的弱者としては革新志向。そうした二重性に、公明党は自民党と連携するのか、野党と共闘して社公民路線でいくのかという動揺があったとまとめられる。

 創価学会は現世利益を求める。住民相談という形で個別の問題解決をするのが公明党の議員の仕事で(他の政党ももちろん個別相談に応じるが、公明党の活動が際立っている)、その点では地方議会が出発点であったことにもこの党の性格がよく表われている。言い換えれば、政策的な理念よりも、個々の具体的な利益配分の問題として福祉の充実を訴えることに重点が置かれていた。

 本書の捉え方で第二に特徴的なのは、創価学会と公明党とが別組織である点を強調していることだ。言論出版妨害事件をきっかけに政教分離に反するのではないかという風当たりが強くなり、しぶしぶ両者は別組織であり政教分離の原則には反していないというポーズをとらねばならなくなった。組織系列的な人事を別立てにしたので、この分離は実際に進んだらしい。そのため、公明党は学会から選挙支援を受ける、そのかわり学会は公明党議員の働きを監視するという緊張関係がうまれた。こうしたダイナミズムがむしろ選挙戦で強みを発揮するようになった。その一方で、現実路線を取ろうとする公明党執行部と創価学会との間で意見のズレも目立つようになり、この点では、共産党のような一元的なヒエラルキーはないという(ただし、タイトルで「vs.」と強調するほどのものとは思えないが)。

 創価学会・公明党の問題は単に政教分離の原則論にあるわけではない。小選挙区制においてはわずかな票の移動でも当落が決まってしまう。公明党の現有議席数は中選挙区時代に比べて激減したものの、個々の選挙区でキャスティングボートを握るのは学会票。選挙協力で自民党に恩を売ることは、ある一つの宗教団体が政権の枠組みを左右しているとすらいえる。

 ただ、もう一つの考え方もある。自民党とのバーター取引で公明党議員も票をもらっている。つまり、創価学会以外のところから票をもらうことが常態化すると、公明党が創価学会からの独立性を高めるという可能性も指摘される。

 創価学会は組織として安定してきた。もはや新興宗教とは言えないだろう。会員の生活も豊かになり、かつてのようなアグレッシブな折伏をする者はもういない。会員のライフスタイルも多様化してくると、現時点では人的ネットワークの付き合いで習慣的に公明党に投票してはいるが、将来は無党派化することも考えられる。また、選挙における創価学会婦人部の活躍ぶりは有名だが、池田大作の後を考えると、彼女らの忠誠心を集められるだけのカリスマ的な後継者が見当たらないことからも学会のヴァイタリティー低下を予想させる。 

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2007年6月15日 (金)

政治家ネタで二冊

 政治ゴシップものは意外と嫌いではない。床屋政談にふけるほど暇ではないが、酒の肴がわりに読むにはちょうどいい。

 ここのところ、出版界での佐藤優の目立ちぶりが尋常ではない。『国家の罠』を一読して以来心酔している者として歓迎してはいるが、少々食傷気味のきらいがないでもない。私としては、ナショナリズムを軸とした日本近代思想の読みかえやキリスト教神学について正面から取り組んだ本を期待しているのだが、どうしたって準備に時間がかかるだろう。マスメディアを使って勝負をかけている佐藤としては、とにかく世論から忘れられない、飽きられないのが肝心だ。彼の視点の取り方や知識の蓄積はどんなテーマにも応用をきかせているので、粗製濫造には目をつぶり、新刊に気付き次第チェックしている。

 そういうわけで、佐藤優・鈴木宗男の対談『反省──私たちはなぜ失敗したのか?』(アスコム、2007年)を早速読んだ。一言でいえば、外務省の内部がここまで腐っているのに何も手を打てなかったのを反省しています、という趣旨。いわゆる“ムネオハウス”問題のあたりでは当時追及側にいた元共産党・筆坂秀世も飛び入り参加。内容としては、以前に佐藤が『週刊新潮』や『月刊現代』などで書いていた暴露ものの延長線上にある。ゴシップといってしまえばそれまでだが、その話題をきっかけとして政治や外交の微妙な機微を語っているのが面白い。外務省の悪口満載だが、谷内正太郎・事務次官を高く評価して希望をつないでいるのが目を引いた。

 村上正邦・平野貞夫・筆坂秀世『参議院なんかいらない』(幻冬舎新書、2007年)も読みようによっては面白い。自民党参院のドン、小沢一郎の智慧袋、共産党の論客とそれぞれ立場の異なった元参議院議員三人による座談。前半は過去の出来事を振り返りながら政治放談。後半では、参議院議員として仕事をしながら直面した問題意識を踏まえて参議院改革案を提示する。予算は衆議院にまかせ、参議院は決算で独自性を持たせるという提案は興味深い。

 だが、私が本当に面白いと思ったのはこの本の内容ではなく、村上・平野・筆坂という三人が顔をそろえて一冊の本を作ったこと。平野は引退しただけだが、村上はKSD事件で逮捕された。筆坂はセクハラ疑惑で辞職に追い込まれ、後に離党。失脚した身ではあっても彼らは泣き言をもらさない。

 その人の実際がどうであるかよりもイメージ的なものが当落に直結してしまう風潮が強まっている中、疑惑をかけられて失脚した政治家が復活するのは至難の業だ。“国策捜査”はむしろそれを狙って、政治的なパージを汚職にすりかえるという方法を取っている。鈴木宗男が復活できたのは、一つには佐藤優のおかげもあるだろう。佐藤が示した“国策捜査”という論点をきっかけに、本来ならば表面化しない事情で足をすくわれた可能性に我々は注目するようになった。

 「盗人にも一分の理」なんていうと語弊があるかもしれないが、宗男側にも言い分がある。かつてならマスコミは政界の悪を追及するという姿勢で歯牙にもかけなかっただろう。しかし、佐藤が展開する議論の説得力は、彼いうところの“思考する世論”に非常なインパクトを与え、「盗人」側の言い分も聞いてみようかという雰囲気をつくった。読書家の間でも関心を持って読む人々が現われる。売れる。従って、出版社は失脚した政治家の本を出しても十分に採算がとれる。

 最近、本書の村上正邦や筆坂秀世にせよ、あるいは民主党の山本譲司にせよ、失脚した政治家たちが興味深い本を出している。敗者にも主張する舞台が保障されている点で健全なことだ。単に憲法の条文に言論の自由が規定されていることと、マスコミを通して反論の機会が得られることとの間には天と地ほどの開きがある。おおげさな言い方かもしれないが、そうした雰囲気づくりという点で、佐藤優は日本の民主主義を成熟させるのに大きな貢献をしているように思う。

 松岡利勝農水相にしても、死ぬ必要はなかった。政治家としての生命は絶たれたかもしれないが、考え方を切り替えればこうした人々のように違う舞台で発言できる可能性もあったはずだ。

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2007年6月11日 (月)

西原理恵子『ぼくんち』

西原理恵子『ぼくんち』(小学館、2003年)

 みじめな仕打ちを受けた時、立場の同じ人への思い遣りが芽生えるとは限らない。切羽つまっていればいるほど、弱い者は、自分よりもっと弱い者につらくあたる。そうした悲しい現実を目の当たりにすることがある。

「みんなの人生がドブに顔をつっこみ続けたような人生だからだ。誰か一人──、誰か一人、人生で抱きしめてくれる人がいたら、みんながこんな事にならなかったんじゃないだろうか。」(第92話)

 人間の持っているヘドが出そうに醜いところを描くのは意外と簡単だ。だまし、裏切り、そうした類いのことを並べ立て、「人間なんて所詮こんなもんさ」と分かったような口ぶりでポーズをとれば、いっぱしの真実を見たような気になれる。

 『ぼくんち』の舞台は猥雑で悲惨だ。シャブ打ち、恐喝、売春、殺しも日常的。こんな物騒な言葉を並べるとさぞ陰惨な話であるかのように思ってしまうだろうが、不思議と暗くはない。一つには、絵柄の雑な感じが良い魅力を出している。個々の話には妙にリアリティーがあるのだが、この絵柄のおかげで気持ちの中でワンクッションおくことができる。

 それ以上に心を打つのは、弱くても、性悪でも、一人ひとりに注がれる眼差しがやさしいところだ。人間の嫌な側面を知ることと、すれっからしとは違う。つくづくそう思う。

 たとえば、第51話。子供をたくさん抱え、不器用で満足に仕事もできないおっさん。不運が重なり、火をつけられて家は全焼。だけど、子供たちを山へピクニックに連れて行く。

「生まれて50年、きたないもんしか見てないんですわ。やから、子供にはきれいなもん見せとうて。」
──おれはこうゆう人らを知っている。弱い生き物とゆうヤツだ。それに、こうゆう人達が一生貧乏クジを引き続ける事も知っている。

 こんなナレーションをかぶせながらも、おっさんを決して突き放してはいない。何もできないけれども、その後姿をただ見守る。

 あるいは、第53話。シャブの集金に行ったこういちくん。ラリったおやじが襲いかかってきたが、返り討ち。幼い娘が泣き叫ぶ目の前で血まみれにしてしまう。こういちくんはお姉さんに懺悔する。

「反省してる? もうしない?」
「うんうん、絶対。」
「絶対はないって前に教えたろ。人はそんなにちゃんと物事を守れるようにはできていないから。」
「うんうん、じゃあ、なるべくなるべくしない。」
「じゃあ、ねえちゃんが許してあげる。おまえがどこで何をしてきたかは知らないけれど、もうしないなら…。世界中の人がダメだといってもねえちゃんが許してあげる。」
──シャブ中おやじには娘がいた。こういちくんにはねえさんがいる。今日、ぼくはわかった。人は一人では生きられない。

 こんな言葉、いつもなら気恥ずかしくて口になど出せやしない。だけど、『ぼくんち』を読んでいると素直に胸に迫ってくる。たまにこの作品を読み返すのだが、そのたびに目頭を熱くしている。悲惨な生活の中で見えてくるささやかな幸福なんて陳腐なことを言うつもりはない。良いも、悪いも、その一切をひっくるめて人生を感じさせると言おうか。言葉にまとまらなくてもどかしい。

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2007年6月10日 (日)

与那原恵『美麗島まで』

与那原恵『美麗島まで』(文藝春秋、2002年)

 著者の小学生の頃というから1970年代のことだろうか。池袋近く、長屋で人々が肩を寄せ合って暮らす椎名町の情景は、どことなく戦後を引きずった雰囲気を感じさせる。カタコトの日本語を話すカワカミさんという朝鮮半島出身のおじいさんが印象深い。

 親の反対を押し切って東京へ来た父・与那原良規と母・南風原里々。早くに亡くした両親の足跡をたどる旅は東京の下町から始まって沖縄、台湾をめぐり、再び東京に戻ってくる。著者自身は東京生まれの“沖縄二世”で、沖縄生まれの人からは「しょせん、ウチナンチューではないよ」と言われてしまうらしい。だが、彼女自身のルーツ探しの旅は沖縄現代史と密接に絡み合い、そこには歴史を他人事ではなく感じ取る思い入れが静かに、そして強く脈打っている。異文化を抱え込んだ植民地帝国・日本において越境的な道のりをたどった家族の物語。なお、タイトルにある“美麗島”とは台湾の別称。

 与那原恵の本はあらかた読んでいる。ありがちな構図で物事を捉えてしまいかねないところを、彼女自身の感じ方を前面に出していくのが良い。現代の世相を映し出す事件を取り上げた『もろびとこぞりて』(柏書房、2000年)など好きだ。本書も自身の家族がテーマなだけに、政治色のない沖縄現代史として読みごたえがあるばかりか、ほのかな感傷もさそう。

 カバー写真、若き日の母・里々の表情は凛々しく美しい。白地に青の装丁は、目鼻のくっきりとした南国風の顔立ちを清潔な感じに際立たせて目を引く。南伸坊の手になるらしい。このセンスと、あのおにぎり顔とのギャップに驚いた。

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