« 2006年12月31日 - 2007年1月6日 | トップページ | 2007年1月14日 - 2007年1月20日 »

2007年1月7日 - 2007年1月13日

2007年1月13日 (土)

ノンフィクションを2冊

P1050025 ◆髙山文彦『麻原彰晃の誕生』(文春新書、2006年)


 オウム真理教をどのように捉えればよいのか、なかなか糸口が見えない。そうした中、本書は麻原彰晃という人物のたどった軌跡を丹念な取材によって描き出し、彼の抱えたコンプレックスにまで踏み込もうとしたノンフィクションである。

 内容的には興味深いのだが不消化感が否めない。オウム真理教を考える上で、オカルトの話題が避けられないのはわかる。しかし、本書の後半、日猶同祖論で有名な酒井勝軍(さかい・かつとき)に麻原が関心を持ち、酒井が探し求めていたという“ヒヒイロカネ”をオウムもまた探し求めていたという話題に集中してしまうのは明らかに脱線だ。

 “ヒヒイロカネ”の研究に生涯をかけた市井の人物がいたことには、オウムという文脈を離れたところで興味はわく。だが、麻原及びオウム真理教に集った人々の精神形成をどのような社会的背景の下で位置づけるかという問題関心で読もうとする人には不満が残るだろう。

◆奥野修司『心にナイフをしのばせて』(文藝春秋、2006年)

 神戸市須磨区のいわゆる「酒鬼薔薇」事件は現代社会を映し出す鏡であるかのように位置づけられ、いまだに議論が絶えない。ところが、これよりも二十年以上前に似たような事件があったことは一部では知られていたものの、格別な注目は引いてこなかった。本書はその昔の事件の関係者に肉薄し、少年法の問題を浮き彫りにしようと試みる。

 犯人が殺人を犯したにも拘わらず法的に保護され、こともあろうに弁護士になっていたという事実は衝撃的である。それ以上に私は、遺族の長年にわたる葛藤に胸を打たれた。殺した側は社会的地位を築き上げて優雅な生活を送る。対して遺族は、殺された少年の記憶を抱えて生活も希望も何もかもがズダズダに引き裂かれたまま。二重の不条理に耐え忍ばねばならない姿には本当に言葉がない。

| | コメント (1)

2007年1月12日 (金)

ソクーロフ監督「太陽」

P1050028_2 アレクサンドル・ソクーロフ監督「太陽」

 この映画が上映されたのはちょうど八月の暑い盛り。封切初日、土曜日だったが残業を午前中で済ませ、上映館の銀座シネパトスへ足早に向かった。かつて川が流れていたところを埋め立てた跡に作られた地下の映画館である。壁は銀座線の線路に接しており、静かな時にはゴーッと電車が走る音が聞こえ、オシャレな映画をかけるミニシアターとは趣きが違う。焼きトン屋が並び、昼から酒が呑めそうな猥雑なたたずまいには不思議な味わいがある。

 次々回のために並ぶ人がいるほどのものすごい行列であった。小泉首相の靖国参拝が取りざたされており、また少し前には昭和天皇のもらしたA級戦犯への厳しい意見が記された「冨田メモ」を日本経済新聞がスクープしたこともあって、この映画もそうした政治的な雰囲気の中で盛り上がるのではないかという気配もあった。

 だが、今になって振り返ってみると、騒ぎは全くといっていいほどなかった。映画の内容を考えれば当然だろう。

 この映画が史実に基づいて時代考証がなされているかどうかは、たいした問題ではない。もちろん、ソクーロフ自身、学生時代には歴史学を専攻し、日本史にも関心を寄せていただけあって考証はむしろしっかりしていると言える。登場人物のセリフは『昭和天皇独白録』(文春文庫、1995年)の記述を踏まえている。

 だがこの映画の目的は、天皇を史実に沿って描くことではない。ソクーロフのイマジネーションをもとに、一つの物語として奥行きをもって完結しているところにこの作品の大きな魅力がある。ベルヒデス・ガーデンでのヒトラーとエヴァの一日を描いた「モレク神」(1999年)にしてもそうだったが、どこか現実離れした神話的舞台を現代という時代に設定しようとする意図がソクーロフにはあるのではないか。

 神秘のヴェールにつつまれた“神の子”。しかしそれが「私も君たちと同じ体を持っている、同じ人間なんだよ」と語る。歴史的・政治的文脈からは人間宣言云々という話題に引き寄せられてしまうだろうが、ここに描かれるのは、神秘さゆえに地上に降りられない、特異な宿命を負わされた人間の孤独である。繰り返すまでもないだろうが、それは歴史上の昭和天皇ではない。神話的な純真さが世の中の現実に触れようとしたときに誰しもが抱きやすい、恐れや望みのないまぜになった傷つきやすい感情のイメージである。

 イッセー尾形の演ずる妙に癖のある昭和天皇は最初違和感があった。しかし、その愛嬌のあるキャラクターは、見ているうちに親しみを覚え、映画が終る頃にはすっかり好きになっていた。天皇を題材に取り上げるとなると一昔前ならナーバスになったろうが、そうしたこわばった構えはこの映画には全くない。政治映画ではないからこそ、この映画については素直に良かったと言える。

【データ】
監督:アレクサンドル・ソクーロフ
出演:イッセー尾形、佐野史郎、桃井かおり、ロバート・ドーソン
ロシア・イタリア・フランス・スイス合作/カラー/115分

| | コメント (2)

2007年1月11日 (木)

中国国家博物館名品展「悠久の美」

  中国国家博物館名品展「悠久の美」

 三年ほど前に、中国歴史博物館と中国革命博物館とが合併して中国国家博物館となった。その改築休館に合わせて所蔵品の一部を日本で展覧されることになったという。青銅器から唐三彩までが時代順に並べられており、展示品目がしぼられているのでゆっくり観て回っても疲れることはない。

 私は唐三彩の色合いというのが実はあまり好きではない。だが、殷の時代の青銅器は昔から気にかかっていた。武器と酒器が中心で、いずれもおそらくは祭祀用。とりわけ、酒器に細かく刻み込まれた饕餮文(とうてつもん)はいつ見ても強烈な印象を残す。すき間を一切あまさず文様で埋め尽くそうとする粘っこい執拗さは、盲目的なまでの意志の強さを感じさせる。それこそ呪術的なまがまがしさが醸し出され、観る者の視線をつかんで離さない。

 見所の一つは、滇(てん)の青銅器だろう。滇とは現在の雲南省あたりに栄えた国である。近年は、古代中国文明を単一の枠組みで捉えるのではなく、周辺文化圏のそれぞれにオリジナリティーを持った存在感を考古学的に解明する作業が着々と進められている。滇もそうした文化圏の一つで、北方とはまた異なった高度な青銅器技術を有しており、紀元後一世紀くらいに中国文明に飲み込まれてしまうまで存続していた。「漢委奴国王」印と同じ形式の金印が出土しており、「邪馬台国」と同様、漢王朝と朝貢関係を結んでいたことが分かる。ある時期までは牛をモチーフとした青銅器が多いこと、子安貝を納めた貯貝器(ちょばいき)が多く見つかっていることなど、黄河・長江流域の青銅器とは異なった特徴があり、興味深い。

(2007年1月7日、東京国立博物館にて)

| | コメント (1)

2007年1月10日 (水)

博物館にまつわる思い出

 博物館・美術館というカテゴリーを設定するにあたり、まずは私自身の思い出話から。

 私の最も気分の落ち着く場所が東京に二ヵ所ある。その一つが、上野の東京国立博物館、とりわけ東洋館だ。初めて来たのは中学一年生の夏休み。自由研究の課題に中国古代文明をテーマとして選び、説明文のメモを取ったり、青銅器をスケッチしたりした。シルクロードに憧れていたので、大谷探検隊の将来品を見るのも楽しみだった。時を超え、国境を超えた未知の世界に息づく人々のドラマに想いを馳せ、胸をときめかせていた。

 以来、現在に至るまで社会人になっても年に最低2回以上は通っている。当初は純粋に所蔵品を眺めに来ていた。しかし、時が経つにつれ、ここに来る意味合いが変わってきた。たとえば、深刻な壁にぶつかって自分の思い通りにならない悔しさを抱えた時、ふと気付くと東洋館の中を歩きながら物思いにふけっていることが再三ならずあった。中学生の時には抱いていた未知なるものへの憧れを、もう一度自分の胸に呼び覚ましたかったのだと思う。

 大学は躊躇なく文学部を選び、一年の教養課程を経て史学科の民族学考古学専攻に進んだ。疑いの余地のない選択のはずだった。ところが、専門課程に進んだ途端、何かが違うと思い始めた。同じ専攻に所属する人たちとの肌合いの違いを感じていた。私は単に古代史マニアだったわけではない。現代史への関心も昔から強く、政治の議論が好きだった。そして何よりも、青春期にありがちな人生上の煩悶にとりつかれ、哲学書を読み漁っていた。考古学なんてまどろっこしいことなどやってられないと思うようになり、専門の授業に全く興味が持てなくなった。退学という選択肢も真剣に考えた。自然と授業から足が遠のき、大学のキャンパスに行っても図書館にこもることが多くなった。

 私の通っていた大学のキャンパスには複数の図書館がある。私の気分の落ち着くもう一つの場所というのが、そのうちの旧館と呼ばれる建物だ。明治の末頃に建てられて関東大震災や戦災もくぐり抜け、重要文化財に指定されている。ここの蔵書は古い専門書や洋書(ヨーロッパ諸語ばかりでなく、中国語、韓国語、アラビア語、ペルシア語など様々な言語の本があった)中心なので、人はほとんど来ない。外の喧騒から隔絶された古びた空間の中で古今東西様々な本の背表紙を眺めているだけでも幾分かは気分が晴れた。

 大学の授業のすべてがつまらなかったわけではない。今から振り返っても出席していて良かったと思うのがいくつかある。その一つが博物館学という授業だ。本来は学芸員資格取得のための講義なので(無論、その頃の私にはそんな気持ちは失せていたが)、毎週のように博物館・美術館を観に行きレポートを提出することが義務付けられた。古美術からポップアートまで幅広い展覧会を集中的かつ強制的に観ることになった。予備知識がなくてチンプンカンプンな場合がほとんどなので、自分なりに勝手に脈絡をつけてテーマをでっち上げる形でレポートをまとめた。いい加減なものだが、そうした試行錯誤をせざるを得なかったおかげで、“モノ”そのものをじっくりと観てそこから自分なりの面白さを引き出そうと努める習慣が身についた。

 気軽に展覧会に行く習慣は今でも続いている。折に触れて観に行った際のメモを随時載せていきたい。

(2007年1月7日記)

| | コメント (1)

2007年1月 9日 (火)

「ダーウィンの悪夢」

 アフリカ中東部のヴィクトリア湖。かつては豊かな生態系の息づいていた湖だったが、四十年ほど前に何者かがナイル・パーチという魚を放流したことにより様相が一変してしまった。ナイル・パーチは肉食魚で他の魚を喰いつくし、以前は二百数種もの魚がいたヴィクトリア湖はほとんどナイル・パーチの天下となった。このナイル・パーチは食用となるためタンザニアの主要輸出産品となったが、ここからも連鎖的に様々な社会的矛盾が顕在化することとなる。そうした有り様を現地の人々へのインタビューを通して浮き彫りにしようとしたドキュメンタリーである。

 グローバリゼーションの進展によって世界の隅々まで単一の経済システムに組み込まれてしまった。その矛盾によるしわ寄せを問おうとするのがこの映画のテーマである。観ていて最も強く感じたのは、意図的な悪人が実は存在しないという不気味さだ。ナイル・パーチを放流した者が悪いと言えるのか。しかし、彼はこんな事態を予見していたのだろうか。ヨーロッパや日本もここから魚を輸入している。だから先進国が悪い、と単純に言えるだろうか。もしそう言えるのであればむしろ話は早い。問題点を整理すれば解決策を編み出せる。先進国は、意図しようとしまいと、こうした搾取構造にのっかっている以上、心の痛みを感ずべきなのは当然である。だが、同時に、どうしたら良いのか方法が見つからないというのも事実なのだ。魚の輸入をやめれば片付くような容易い問題ではない。現地の人々が悪いと言えるのか。与えられた条件の中で、各自が自身にとって最も利益にかなうよう振舞おうとすると、ますます泥沼にはまり込んでしまうというやりきれない不条理がある。工場経営者も、売春する女性たちも、戦争待望を語る警備員も、道徳的な問題とは別の次元で、それぞれ食っていくためにできることをやろうと精一杯なのだ。

 この映画を通して示されている矛盾とはどのようなものか。各自が最適行動を取れば結果として自然調和的に機能するという意味でのグローバルな自由経済システムなど所詮は幻想に過ぎないこと。経済システムの持つ匿名性により、外部不経済的なしわ寄せを、国境というフィルターを通して我々の見えない所に押し付けていること。そして、そうした経済システムは人間の便宜によって作られたはずであるにも拘わらず、むしろ人間の方を翻弄する巨大なモンスターとして我々の前に現れていること。誰それのせいだ、と特定の主体に帰責するだけでは済まない、従って解決策が見えないという根本的な不条理がある。そうした意味でこの映画は、ショッキングでやりきれない問題提起をしている。

(2007年1月8日、渋谷・シネマライズにて)

【データ】
原題:Darwin`s Nightmare
監督・構成・撮影:フーベルト・ザウパー
2004年/フランス・オーストリア・ベルギー/112分

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2007年1月 8日 (月)

戦場つながりで2冊

たまたま2冊続いただけで、このつながりに深い意味は何もありません。P1050023

◆馬渕直城『わたしが見たポル・ポト──キリング・フィールズを駆けぬけた青春』(集英社、2006年)

 カンボジアといえば、映画「キリング・フィールド」(1984年)の凄惨な映像をまず思い浮かべる。それだけショッキングな映画であった。しかし、本書によるとあの映画及び原作となった手記はかなり眉唾ものらしい。著者は報道カメラマンにあこがれてカンボジアに身を投じてから三十年が経つ。現地で出会った一ノ瀬泰造、共同通信の石山幸基記者の死をのりこえ、晩年のポル・ポトのインタビューに成功するなど筋金入りだ。映画はウソであっても、そうしたセンセーショナリズムとは違った根深い苦しみをカンボジアは被った。死地をかいくぐった人ならではの視点には、新聞報道や定説とは異なった迫力がある。

◆梯久美子『散るぞ悲しき──硫黄島総指揮官・栗林忠道』(文藝春秋、2005年)

 クリント・イーストウッド監督の硫黄島二部作「父親たちの星条旗」「硫黄島からの手紙」(現時点で後者は未見)が公開された。本書は、硫黄島の戦いにおける日本側指揮官・栗林忠道中将を描いたノンフィクションである。昭和の軍人というと教条的かつ高圧的という印象が強いが、角田房子の描く本間雅晴や今村均を挙げるまでもなく、敬意を表すべき人々もやはりいた。栗林中将もそうした一人である。

  彼が際立つのは、第一に子どもへの絵手紙を欠かさず書き送るなど、当時の日本軍人には珍しく家庭への配慮を隠さなかったこと。第二に、連合軍の戦略を分析した上で大本営の押し付ける作戦を覆す芯の強い合理主義(本来、軍人ならば当然なのだが…)。

 中将といえば一般兵卒からすれば雲上人。ところが戦後、捕虜を尋問したアメリカ軍は、ほとんどの兵隊たちが栗林から直接声をかけられたことがあるというので驚いたらしい。硫黄島に送られたのは戦争末期になって召集された老年兵ばかり。アメリカ軍の精鋭が五日で占領できると豪語した激戦をそうした日本軍が一月以上にもわたって持ちこたえることができたのは、兵隊たちの気持ちを指揮官が完全に掌握していたからだ。それは意図的なものではなく、家庭への細やかな思いやりと通ずるものだろう。そうした情愛と作戦立案で見せた合理精神とが良い形でミックスした軍人の姿は、独善的な思い込みで国家の命運を左右した軍事指導者と著しいコントラストをなす。

(2007年1月4日記)

| | コメント (1)

2007年1月 7日 (日)

最近の小説を3冊

P1040016  年末年始の一週間近く、インフルエンザで寝込んでいました。ボーっとベッドに転がっていると実に退屈。小説を買い込んだままほったらかしにしてあるのが結構たまっているのを思い出して、この機会に引っ張り出して読みました。

◆柴崎友香『その街の今は』(新潮社、2006年)

 夏の暑さがまだしつこく残る九月の大阪。歌ちゃんは会社が倒産したため、行きつけだった下町のカフェでバイトをしているが、次の仕事や男友達のことで気持がゆれる落ち着かない日々を過ごしている。彼女は大阪の昔の写真が好きだ。「自分が今歩いてるここを、昔も歩いてた人がおるってことを実感したいねん。どんな人が、ここの道を歩いてたんか、知りたいって言うたらええんかな? 自分がいるとこと、写真の中のそこがつながってるって言うか……。」昔の人の足跡もしっかりと包み込みながら街は少しずつ容貌を変えていく。そうした街の姿に、彼女自身新しい人生へと踏み出す戸惑いを重ね合わせる。格別に強い印象はないが、生まれ育った街への若い女性ならではの愛着が軽やかに描かれており好感を持った。

◆森絵都『いつかパラソルの下で』(角川書店、2005年)

 人はそれぞれにコンプレックスなり、トラウマなり、生きていく上でどことなくやりづらいというわだかまりを抱えている。その苛立ちから周囲とぶつかってしまう。そして、それは得てして誰かのせいにしやすい。たとえば、親のせい、家庭のせい。しかし、ある時、そうしたかたくななこだわりがふっきれ、ようやく自身の抱えるものを直視し、受け流せるようになる瞬間がある。この作品は、そうした瞬間をサラッと涼やかなタッチで描いており、読後感はなかなか快かった。

◆梨木香歩『家守綺譚』(新潮文庫、2006年)

 舞台はおそらく明治時代。著述をなりわいとする学士・綿貫征四郎は、学生時代に事故死した親友・高堂の実家で縁あって家守をしている。死んだはずの高堂が掛け軸の中から舟をこいで現れたのを皮切りに、不思議なことが次々と起こる。驚きつつも、目の前の出来事を無理やり納得させられてしまう綿貫の戸惑いがどこか可笑しい。季節の移り行きに応じ、草花にまつわるテーマがほのめかされる風雅な連作怪異譚。品の良いレトロ趣味を活かした作品集で、是非一読をお勧めしたい。

(2007年1月3日記)

| | コメント (0)

« 2006年12月31日 - 2007年1月6日 | トップページ | 2007年1月14日 - 2007年1月20日 »