« 2007年4月15日 - 2007年4月21日 | トップページ | 2007年4月29日 - 2007年5月5日 »

2007年4月22日 - 2007年4月28日

2007年4月28日 (土)

村田晃嗣『大統領の挫折──カーター政権の在韓米軍撤退政策』

村田晃嗣『大統領の挫折──カーター政権の在韓米軍撤退政策』(有斐閣、1998年、サントリー学芸賞受賞)

 大統領選挙において在韓米軍撤退という選挙公約を掲げたにもかかわらず、カーターはそれを引っ込めざるを得なくなった。彼は人権外交の推進者として、むしろ大統領退任後の評判は高いが、政権運営能力については疑問符が付けられている。しかしながら本書は、そうしたカーターの“素人”というイメージにはこだわらず、丹念な資料調査やインタビューをもとに、当時の戦略環境の変化との関わりの中で公約撤回の経緯を分析する。

 カーターが在韓米軍撤退という公約を掲げた理由としては以下が考えられる。第一に、ベトナム戦争の教訓、つまり泥沼の戦争に巻き込まれることへの懸念。第二に、朴世熙大統領の人権抑圧に対する嫌悪感。第三に、朝鮮半島よりも戦略的に重要とみなされたヨーロッパへ兵力を回すため。第四に、コスト削減。

 「ジミーって誰?」といわれるほどに知名度が低かったことが大統領選挙ではカーターにとって有利に働いた。ワシントンの既成政治家へのアンチとして有権者の眼には新鮮に映ったのである。ところが、そうした反ワシントンの姿勢がたたって、議会では支持が得られなかった。与党の民主党が多数を占めていたにもかかわらず。また、外交官や軍人などの専門家集団とも深刻な葛藤を引き起こし、その詳細が本書にはヴィヴィッドに描かれている。

 本書ではカーター前のニクソン、カーター後の(父)ブッシュという二つの政権との比較も試みられている。実は両政権とも、在韓米軍の削減を進めて成功している。当時の政治環境との関わりもあるので大統領個人の責任に単純化することもできないが、議会や官僚を説得する際にはやはり大統領のパーソナリティーも大きく作用する。ニクソン、ブッシュとも保守的なリアリストであり、東側に対しての強い姿勢は知られていた。そのため、彼らの場合にはやむを得ない譲歩として受け止められた。他方、カーターの場合には自他共に認める理想主義者で、単なる弱腰として批判を受けてしまう。

 冷戦期における日米同盟と米韓同盟との質的な違いについても本書にはまとめられている。韓国に対しては、北朝鮮という“明白かつ差し迫った危険”に対処するためのローカルな同盟という性格を持っていた。韓国側には見捨てられるのではないかという不安がある一方、アメリカ側はベトナムのように巻き込まれることへの懸念があった。この場合、在韓米軍は韓国側にとって人質のようなものである(ただし、朝鮮戦争後世代が主流となるにつれて反米気運が高まり、現在ではむしろ米軍撤退要求の声が高いことは周知の通りである)。日本については、むしろ長期的な戦略に基づくグローバルな同盟としての意味合いがあった。巻き込まれ不安を抱いていたのは日本側で、アメリカ側は日本が自立路線を取って親ソ・親中路線に転換することを常に恐れていた。日本には韓国ほどの危機意識がなかったため、在日米軍はむしろ負担に感じていた。

 本書を通読して印象に残ったのは、過去の政権の失敗から教訓を得て、良くも悪くもそれを直面する課題に活かそうという発想をアメリカの外交当局者が常に持っていたことだ。ベトナムの教訓がカーター政権の政策路線を縛り、(父)ブッシュ政権はカーター政権の失敗から学んだ。そう言えば、キューバ危機に揺れるホワイトハウスを描いた映画「13デイズ」でも、強硬派が「ミュンヘンを忘れるな」と言ったかと思うと、ケネディがバーバラ・タックマン『八月の砲声』を挙げて強硬論の愚を非難する場面があったのを思い出した。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年4月27日 (金)

伊勢崎賢治『武装解除──紛争屋が見た世界』

伊勢崎賢治『武装解除──紛争屋が見た世界』(講談社現代新書、2004年)

 内戦状態にあった国が国家再建の軌道にのるためにはどうしても外部からの手助けがいる。各勢力間の停戦合意が成立し、PKOが現地に展開されたとしても、それだけでは紛争が終ったことにはならない。PKOが撤退した途端に紛争が再燃しないよう秩序だった状態を作り上げねばならず、そのためには全国民からのコンセンサスが必要である。具体的には選挙による代表制の確立である。その地ならしとして行なわれるのがDDR、すなわち武装解除(Disarmament)、動員解除(Demobilization)、社会再統合(Reintegration、具体的には元戦闘員の手に職をつけること)である。

 本書には、著者自身がシエラレオネ、東チモール、アフガニスタンでDDRの陣頭指揮を取った経験が綴られている。泥沼の戦闘を潜り抜けた猛者どもから武器を取り上げるというのだから、かなり厄介な仕事だ。あらゆる手練手管をつくして交渉を重ねるという現場を踏んだ人ならではのリアリズムには本当に頭が下る。

 やはり肝心なのは金と軍事だ。たとえば、“民主主義”という西欧的価値観を押し付けるのは傲慢だという考え方があるが、そういう文化人類学的な相対主義に実務家は興味がないと言い切る。“民主主義”という看板を掲げなければ先進国は金を出してくれないという現実がある。金がなければ復興事業は先に進まない。どんな理屈を取ろうとも、現場ではとにかく金を出してくれる者が一番偉いのだ。

 日本は平和憲法を持っているので、復興支援はするが戦闘地域に自衛隊は送らないというのが一応の政治的コンセンサスとなっている。しかしながら、実際にDDRに携わってみると話はそうはうまくいかない。相手は武器を持っているのだから。現場の関係者に憲法第九条の制約を説明してもなかなか理解は得られないらしい。同時に、ナショナリスティックな自己満足からとにかく派兵ありきという行き方もいびつであり、左右双方の政治的思惑に対して著者は違和感を隠さない。

 内戦で分裂した国の人々の悲惨な生き死にを著者は間近に見ている。そうした現場を熟知した人ならではの意見は地に足がついて説得力があり、自衛隊のPKO参加をめぐる不毛な“神学論争”とは全く違った観点からの示唆がある。何らかの形で国際事情に関心を寄せる人にとって本書は必読であろう。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年4月26日 (木)

村田晃嗣『アメリカ外交──苦悩と希望』

村田晃嗣『アメリカ外交──苦悩と希望』(講談社現代新書、2005年)

 国際政治学の基本的な見取り図の作り方としてはリアリズムとリベラリズムの二つが代表的なものと言えよう。リアリズムは国家間の対立関係を不可避なものと考え、パワー・バランスによって紛争の回避を目指す。リベラリズムは国際社会の相互依存関係に着目し、協調の可能性を模索する。

 近年、もう一つの考え方としてコンストラクティヴィズム(構成主義)も有力となってきた。人間同士にしても、国家間関係にしても、目の前にいる奴は友好的なのか敵対的なのか、相手をどう捉えるかによっておのずと態度は違うし、そしてこちらの態度に応じて相手の反応も変わってくる。つまり、相互の関係性も、認識のあり方によって後から構築されていくという側面がある。そのように、外在的な環境要因ばかりでなく、国際政治におけるアクター自身の内在的な要因から組み立てられた自己イメージ、他者イメージのあり方に応じて外交関係も大きく変化し得ることを重視する観点がコンストラクティヴィズムと呼ばれる。

 9・11以降、アメリカ外交におけるユニラテラリズムが際立ち、これを“帝国”とみなす議論が盛んになっている。だが、コンストラクティヴィズムの立場からすると、“帝国”アメリカというイメージばかりが一人歩きを始めてしまうと、ヒョウタンから駒と言おうか、アメリカ自身もまたそうしたイメージ規定に絡め取られてますます極端な振舞いへと暴走してしまうおそれすら考えられる。いずれにせよ、国際政治はほんの些細なきっかけでも事態が大きく変わってしまうデリケートな性質がある。そこには表面からはうかがい知れぬ微妙な伏線が縦横に張り巡らされており、一面的なキーワードで決めつけてしまう見方は慎むべきであろう。ステレオタイプなアメリカ“帝国”論、ブッシュ悪玉論はまったく無意味である。

 アメリカ外交を動かす要因として本書はハミルトニアン・ジェファソニアン・ウィルソニアン・ジャクソニアンという4つのキーワードを挙げている。それぞれ過去の大統領の名前に由来する。対外的な関与の方向を軸に取ると、ハミルトニアンは積極的で海洋国家志向を持つ。これに対してジェファソニアンは国内的な安定と繁栄が最優先で、内にこもった孤立主義の傾向がある。対外関与の態度のあり方を軸に取ると、ウィルソニアンは民主主義を世界に広げなければならないという理想主義的な使命感を持っている。これに対してジャクソニアンはアメリカの安全と繁栄のためには実力行使も辞さずというユニラテラリズムの傾向がある。

 本書はこうした4つの傾向が絡み合ってアメリカの政治・外交が織り成されてきた姿を描き出しており、建国から現在に至るまでのコンパクトな通史として読みやすい。外部との相互作用によって、アメリカ自身が抱えている内在的な要因の、あるものは表面に出て目を引き、別のあるものは沈潜して見えなくなり、また複数が組み合わさることでもアメリカの顔の見え方は大きく変わってくる。そうした複層的なアメリカの姿を本書はきめ細かく描き出しており、肯定するにせよ否定するにせよ、ともすると一面的に陥りがちなアメリカ認識を解きほぐしてくれる。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年4月25日 (水)

信田智人『官邸外交』

信田智人『官邸外交──政治リーダーシップの行方』(朝日新聞社、2004年)

 外交における首相の役割というのはもともと大きく、重要な外交案件は当然ながら首相の判断が必要であった。首相はいわば“第一外相”、外相は“第二外相”という役回りだったと言えるが、いずれにしても外務省の立案した政策を踏まえていた。こうした従来のスタイルを“首脳外交”と呼ぶならば、対して近年では“官邸外交”の傾向が強まっている。

 “官邸外交”とは、外務省では対応しきれない政治判断、総合政策調整を官邸主導で行なうことを指す。本書はとりわけ官邸のスタッフである官房長官、副長官、副長官補といった人々の役割に焦点を合わせ、インタビューもふんだんに活用しながら緻密な実証分析を行なっており、説得力のある研究成果を示している。

 官邸主導の外交というスタイルはもともと中曽根政権や竹下政権の頃から徐々に進められていたが、外務省の管轄範囲を超えた経済摩擦の収拾に限られていた。ところが、近年になってメインの外交課題についても官邸が対応する場面が増えた。これには、橋本行革によって行なわれた官邸機能強化も下地となりつつ、やはり小泉前首相の存在が大きい。

 一匹狼的な小泉にはもともと自民党内での基盤がない。彼は党内の根回しをしてからという従来的な政治手法を取るつもりなど初めからなく、まず連立与党との協議を先行させ、既成事実を作ってしまう。野党の民主党が安全保障政策については現実路線を取って歩み寄ったことも幸いした。何よりも圧倒的な支持率というバックアップがあったため、トップダウン式の政策決定が定着した。また、田中真紀子外相の引き起こした混乱のため、官邸直結で外交を進めなければならなくなったという偶然の要因も作用している。こうした状況下、拉致問題やイラク問題など困難な課題に対し首相自身によって政治リスクを賭けた外交判断を下すという環境ができあがった。

 世論というのは常にうつろうもので、しばしば感情的な傾向を帯びる。外交案件について国民が正しい判断を下せるとは限らないし、また、迅速な対応を迫られる事態も想定されるため、一元的なリーダーシップが必要となる。ただし、現代日本は民主主義によって立つ国である以上、国民の理解を得る努力を怠ってはならない。説明責任を果たすのはやはり首相の役割であり、そうした点でも重要な外交政策決定では官邸主導が望ましいと言えよう。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年4月24日 (火)

ポリトコフスカヤ『プーチニズム──報道されないロシアの現実』

アンナ・ポリトコフスカヤ(鍛原多惠子訳)『プーチニズム──報道されないロシアの現実』(日本放送出版協会、2005年)

 帰りの電車で本書を読み終え、帰宅してテレビをつけたらエリツィン前大統領死去のニュースをやっていた。

 昨年のことだが、本書の著者であるポリトコフスカヤ女史の射殺体が見つかった。犯人はいまだに捕まってない。リトビネンコ事件にしてもそうだが、最近のロシア情勢絡みの報道を見ていると少々常軌を逸しているという印象を抱く。ジャーナリストが暗殺されるのは日常茶飯事らしい。本書は英語版からの重訳で、オリジナルのロシア語版は出版されていない。文字通り命がけの取材活動を通して綴られたプーチン体制告発のルポルタージュである。

 プーチン体制のもと、人知れぬままに悲惨な災いにうちひしがれた市井の人々を著者は取材し、彼ら彼女らに代わって体制の病根を抉り出そうとする。上意下達の軍隊生活で上官の気まぐれで虐待され、死に至らしめられた若者。政権に協力する見返りで公的な地位をも得た経済マフィアの横暴。とりわけ著者が力を込めて描くのはチェチェン問題である。“テロとの戦い”という大義名分と疑心暗鬼とが入り混じって異様に興奮した喧騒において、疑われた者は根拠もなく検束され、迫害を受ける。

 残酷な不運に見舞われた人々について書きながら、著者はその元凶としてプーチンに対する憎悪を隠さない。しかしながら、読みながら何となく違和感があったのだが、プーチン個人にまつわる具体的な問題は何も描かれていないのだ。ロシアの社会体制全体が抱えているきしみがこの不運な人々にしわ寄せされた不条理は本書から読み取れる。だが、プーチンという固有名詞に責を帰して済むような話とは思えない。

 本書の原題は“Putin’s Russia”で、『プーチニズム』というのはあくまでも邦題である。ツァーリズムならぬプーチンの支配体制ということで著者の意図を汲み取っているのだろう。佐藤優がどこかで書いていたが、ロシアにあっては大統領=皇帝はその一身を以て国家を体現するとみなされるらしい。社会のひずみを放置する国家に対する憤りが直接に皇帝=プーチンへの憎悪へと向かう点では、ベクトルの方向は逆ではあるが、著者の脳裏でもやはり国家と大統領とがイコールで結ばれていることに変わりはない。著者の本意ではないだろうが、教養豊かなジャーナリストにしてもロシア人の伝統的な思考様式がうかがわれるようで、そこが興味深く感じられた。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2007年4月23日 (月)

「スミス、都へ行く」

 1930年代のハリウッドは社会派的な問題意識と娯楽としての要素をうまく絡めた映画を割合と作っている。往年の巨匠フランク・キャプラ監督「スミス、都へ行く」(1939年、原題“Mr. Smith Goes to Washington”)が私は昔から好きだった。初めて観たのは中学生の頃だったろうか。NHK教育テレビで放映されたのをヴィデオに録り、それ以来、折に触れて繰り返し観ている。ストーリーは単純な勧善懲悪型。それだけに健康的で、気分が暗く落ち込んでいる時に観る分には精神衛生上非常によろしい。

 ひょんなきっかけで連邦上院議員に指名されたボーイスカウトの団長、スミス。実は州の実力者テイラーが操り人形とするつもりで仕組んだ人選であった。そんなことはつゆ知らぬスミスは、慣れぬワシントンで四苦八苦する中、テイラーの汚職を知ってしまう。あろうことか、尊敬する先輩、ペイン上院議員までもが関わっていた。スミスは次々とかかる政治圧力にめげそうになりながらも、地元の選挙民の良識に訴えようと、前代未聞のマラソン演説を議場で展開する。はつらつとした初々しさのある若き日のジェームズ・スチュアートは、世間知らずだが純情なスミス役にぴったり。彼を支えるベテラン女性秘書はジーン・アーサーが演じていた。

 先日観た「オール・ザ・キングスメン」についてこのブログに書いた。主人公のモデルとなった実在の政治家ヒューイ・ロングが気にかかり、本棚から三宅昭良『アメリカン・ファシズム──ロングとローズベルト』(講談社選書メチエ、1997年)を引っ張り出した。パラパラとめくっていたら、上院で15時間以上にわたるマラソン演説をやった人物が実際にいて、それがロングであったあったことに今さらながら気付いた。目的はスミスとは違って汚職告発ではなく、時の大統領フランクリン・ローズベルトを揺さぶるための議事妨害であった。1935年の出来事であり、実はこの3ヵ月後にロングは暗殺される。

 “ファシズム”という概念の扱いはなかなか難しく、ロングをこのカテゴリーに括るのが適切かどうかは分からない。ただ、ロングは派手なパフォーマンスが得意であり、それはマスメディアがあってはじめて成り立つ集票戦術であった。同時代のドイツにおいてゲッベルスのマスメディア戦略がすさまじいまでの威力を発揮していたことは誰しも思い浮かべるだろう。いずれにせよ、大衆民主主義の進展によりマスメディアの役割が飛躍的に大きくなっていたことを反映している。

 スミスは議場で演説しながら、そのメッセージがラジオを通じて地元の選挙民に届くことを期待していた。しかし、テイラーは地元メディアをしっかりと押さえ込んでおり、スミスの肉声は届かない。どんな手段を使おうともマスメディアを制した者が勝ちであり、勝った者が正しいと世間ではみなされる。スミスは力尽きて倒れてしまう。ところが、それを見たペインが良心の呵責にたえかねて発狂したように洗いざらいぶちまける。そうしたドンデン返しでこの映画はハッピー・エンドを迎えるのだが、現実の政治はそうそううまくいくはずがないのは勿論である。ロングのポピュリスティックなパフォーマンス政治をスミスの純朴さに置き換えようとしたところに、この映画が作られた時代に漠然と漂っていた“民主主義”なるものへの不安が読み取れそうだ。

| | コメント (0)

2007年4月22日 (日)

保阪正康監修・解説『50年前の憲法大論争』

保阪正康監修・解説『50年前の憲法大論争』(講談社現代新書、2007年)

 1951年に結ばれたサンフランシスコ講和条約は翌52年に発効し、日本は主権を回復した。それを踏まえて鳩山内閣は自主憲法制定を目指していた。本書は1956年に衆議院で行なわれた憲法改正をめぐる公聴会の議事録である。

 私自身としてはあまり憲法問題を熱心には考えていないので、スタンスとしては非常に素朴である。現行憲法については、いまそこにあるから受け入れるという程度。護憲だろうが改憲だろうがどちらでもいい。ただし、自衛隊の位置づけについては、解釈改憲の積み重ねではかえって超法規的でいびつな構造を生み出しそうな懸念を持つので、技術的な手直しが必要なのではないかとは思う。第九条へのこだわりはない。改憲は軍国主義復活につながるという議論にはリアリティーを感じない。

 本書を通読したところ、翻訳憲法の是非、第九条と自衛権の矛盾など、基本的な論点は現在とそれほど変わらない。ただ印象に残ったのは、当時の人々と皮膚感覚がかなり違うのだなあということ。辻政信が繰り返す共産化への懸念は、歴史の後知恵で今となっては笑って済ませられるが、1950年代という時代状況にあってはやはり切迫したものがあったのだろう。社会党の議員の発言には、今の視点からするとイデオロギカルな硬さを感ずる。しかし、彼らは現在の護憲論者とは違って、戦前において弾圧を実際に受けた人々だ。文面を理屈で捉えると非常に陳腐だが、その背後には実体験からにじみ出た怨念すら感じさせる。

| | コメント (0)

« 2007年4月15日 - 2007年4月21日 | トップページ | 2007年4月29日 - 2007年5月5日 »