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2007年12月 1日 (土)

そういえば、柳田國男が好きだった

 赤坂憲雄『方法としての東北』(柏書房、2007年)を手に取りながら、本書のメインテーマというわけではないが、そういえば私も柳田國男に興味があったなあと思い出した。

 『柳田國男全集』がちくま文庫で刊行され始めたのは私が中学三年生の時だった。高校受験を間近に控えた時期、『遠野物語』や『山の人生』が収録された第一回配本の第四巻をこたつの中でむさぼり読んだ。勉強については割合と寛容なように思っていた親もさすがに見かねたのか、「本なんか読んでないでいい加減に勉強しなさい」と叱られ、意外に感じたのを覚えている。

 高校生になってから、NHK教育テレビで柳田國男についての番組をたまたま見た。赤坂憲雄さんが語っていた。まだそれほど名前が売れていなかった頃だが、赤坂さんの存在を意識するようになったのはこの時からだ。高校一年生の夏休み、一人で遠野をふらついたのもなつかしい。兵庫県福崎にある柳田の生家を訪れたのは20代になってから。

 なぜ柳田國男に興味を持ったのか、我ながら不思議に思う。赤坂さんも記しているが、東京郊外に育った人間として、民俗的なものと体験的につながるきっかけはほとんどなかった。囲炉裏のある暮らし、祭りの風景、正月行事、そういったかつてなら普通に見られた習俗も、私の眼には異文化として映る。柳田を読んでも、いわゆる“郷愁”を感じることはなかった。むしろ、同じ“日本”という括りの中に自分がいることを意識しつつも、見も知らぬ生活世界が息づいていたことに素朴な驚きがあったのだと思う。それは同時に、私自身の地に足の着かない無色透明な生活感覚への違和感を自覚させることにもつながっていた。

 欧化の進む近代日本において“日本人”とは一体何なのかを問うた柳田の民俗学は、いわば新しい国学だとよく言われる。大文字の政治史ではなく、常民の生活文化の中に“日本人”なるものの原型を見出そうとしたところに柳田の着眼点があるわけだが、それは一方で、均質な“日本”という前提が暗黙のうちに置かれている点で、国民国家批判の対象となっている。

 赤坂さんは柳田を出発点として踏まえつつ、均質な“日本”イメージを解きほぐそうとしている。『方法としての東北』の中で、「民俗学とは、内なる異文化と出会うための方法である」と言う。“ひとつの日本”像の自明性に対する問いかけとして東北という地域の見直しを進め、“いくつもの日本”へと思考の転換を図る。しかし、東北にこだわり始めると、今度は東北内部での多様性が見えてくる。“いくつもの東北”、“いくつもの日本”、そして“いくつものアジア”──こうした人間文化の重層的な多様性を掘り起こすことは、単に国民国家の枠組みを超えるというにとどまらず、グローバリゼーションという形で世界の画一化が進展する中、地域ごとの足場をしっかりと組み立て直す視点をもたらしてくれる。

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