杉森久英『大政翼賛会前後』
杉森久英『大政翼賛会前後』(ちくま文庫、2007年)
タイトルは何やら堅そうだが、巻末解説で粕谷一希(中央公論社で杉森の後輩にあたる)が指摘するように、政治史的にカッチリした記録ではない。杉森は中学教師を経て中央公論社に入社。しかし同僚と気まずくなって嫌気がさしていたところに大政翼賛会へ来ないかと誘われ、ホイホイ入ってしまった。そんな感じに自らの若き日々を軽妙につづった半生記。
末端部員なので大政翼賛会の全体像は分からないにせよ、その空気が伝わってくるのが面白い。国士気分の右翼の豪放な笑い声が聞こえてくる一方で、元左翼も多数もぐりこんでおり、翼賛会は蓑田胸喜などから攻撃も受けた。戦時中には、こうしたごった煮的組織が意外と多い。大仰なスローガンの割にはただのコケおどしで、組織的にはグダグダ。ナチスなんかと比べるべくもない。そもそもの成り立ちからしたって、軍部の専横を抑えるため近衛文麿を中心に一大政治勢力をまとめあげようというのが本来の目的だったにも拘らず、いつの間にか当の軍部まで入り込み、結局何のための組織なのか分からなくなってしまったのだから。
かなり以前のことだが、ドイツ文学者の高橋健二が大政翼賛会文化部長だったのを知って、ケストナーを訳したあの人がファシストだったの…?と驚いたことがあった。その頃は大政翼賛会=“悪の組織”みたいな単純な図式が私の頭にあったわけだ。しかし、高橋は就任時、「軍部の言いなりにならず、さりとてつぶされないように、のらりくらりとやっていきます」と語っていたそうな。そういう微妙なスタンスも、戦後になると“戦争協力”なる一律のレッテル貼りをされてしまった。左翼の文芸評論家・平野謙が、戦後において自らの進歩派的“良心”を誇示するため、翼賛会に所属していた過去について他人をけなしてまで言い訳する姿が実に醜い。
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