« 駄弁、日本の近代について。 | トップページ | 佐野眞一『枢密院議長の日記』 »

2007年12月10日 (月)

「君の涙 ドナウに流れ──ハンガリー1956」

「君の涙 ドナウに流れ──ハンガリー1956」

 1956年のハンガリー革命50周年を記念した映画である。昔は“ハンガリー動乱”という言い方をしていたように思うが、共産党政権が崩壊してからは“革命”と表現するようになったようだ。

 軽薄なオリンピック選手が信念に殉ずる女子学生の凛々しさにほだされるというラヴ・ストーリーは若干安っぽいものの、事件の一連の経過を、とりわけブダペストの市街戦を中心に再現された映像には強い説得力がある。ハンガリーがソ連によって軍事制圧された直後、メルボルンの冬季オリンピックでハンガリーの水球選手たちはソ連チームを破り金メダルを取った。怒ったソ連選手にハンガリー選手が殴られ、血を流した写真は実際に世界中に配信されたという。

 フルシチョフが1956年にスターリン批判を行なったことはまだ極秘だったにせよ、スターリン主義体制は徐々にほころびつつあった。ハンガリーの“小スターリン”と呼ばれた独裁者ラーコシは実権を失い、かつて“チトー主義者”として処刑された共産党の土着派幹部ライクは名誉回復された。ポーランドではポズナニ暴動をきっかけに改革派のゴムウカがトップとなり、このゴムウカへの連帯を決議した学生集会がハンガリー革命の烽火となる。

 人々の求めに応じて復権を果したナジ・イムレ首相は穏健派とはいえ古参共産党員であった。彼はマルクス主義の読み替えにより、ソ連型を絶対とするドグマにはとらわれず、ハンガリーの置かれた具体的状況に合わせた柔軟な政策を提唱、その際にはレーニンのNEP(新経済政策)に論拠を求めた。また、共産党の硬直した支配体制に対し、党内民主主義の活性化、さらには非党員一般大衆への支持拡大を図った。そのため、階級対立ではなく、ハンガリー人としての愛国主義を強調し、社会主義陣営内にあっても内政不干渉の原則を尊重するゆるやかな連合体への移行を目指した。つまり、社会主義という基本路線は変えないながらも、国民の全般的な政治参加を求める民主主義、ハンガリー人の主権を求める民族主義、これら三つの多元的な共存を模索したと言える。

 しかし、国民の間から盛り上がった自発的な運動のうねりはナジの想定を大きく上回るものだった。下からの国民の要求に合わせ、秘密警察の廃止、ソ連軍撤退要求、ワルシャワ条約機構からの脱退、そしてハンガリーの中立化を宣言する。ナジは必ずしもソ連と敵対する意図はなく、交渉で解決できると信じていた。しかし、ワルシャワ条約機構の脱退と中立化はすなわち西側への接近であるとソ連側の目には映った。ナジの楽観的な信頼を裏切り、ソ連軍は再度ブダペストへ侵攻する。折悪しく、米英仏はスエズ動乱に手を焼いており、ハンガリー問題にまで口を挟む余裕はなかった。

 国会議事堂前広場に人々が集まってくるとき、ハンガリー市民が仲良くソ連軍の戦車に乗ってくるシーンがある。この映画ではその理由は説明されないが、ソ連軍兵士の中にも「自分たちはブダペストをファシストの手から解放するよう命じられて来たが、ここにはファシストなど一人も見当たらない」と言って、むしろハンガリー市民に協力した者もいたらしい。ソ連軍の中にも少数民族出身者がおり、彼らはハンガリー人の要求に共感したのである。しかし、この直後、広場ではどこからともなく一斉射撃が始まった。その死傷者の中にはハンガリー市民ばかりではなく、ソ連軍兵士もいた。犯人は分かっていないが、おそらく秘密警察だろうと考えられる。ところが、ソ連軍は友好的な態度を装って罠にはめたという噂が広がり、反ロシア感情が急速に高まる。実際には、ソ連軍よりもハンガリーの秘密警察による市民の殺戮の方がひどかったという(ビル・ローマックス著、南塚信吾訳『終わりなき革命 ハンガリー1956』彩流社、2006年、151~155ページを参照)。この映画でもロシア人への罵詈雑言もさることながら、秘密警察の死体を吊るし上げた映像も出てきて、その憎しみの程がうかがえる。

 ソ連がハンガリーを軍事制圧した後、ナジ首相たちは連行され、後に秘密裁判で処刑された。ナジの改革派政権に参加しながらも途中でソ連側に寝返ったカーダールが新しい支配体制を築き上げる。カーダールには革命の弾圧者としてのダーティーなイメージが強いが、前掲書によると、むしろハンガリー人の要求とソ連の圧倒的な力との間に立って汚れ役を引き受けたという捉え方もあり得るので評価を下すのはまだ早いとの指摘があり、興味を引いた。

 ハンガリーの現代史に題材をとった映画としては、「太陽の雫」(1999年)も非常に見ごたえがあった。第一次世界大戦、第二次世界大戦、そして共産主義体制と激動の20世紀をあるユダヤ系ハンガリー人一家を主役としてつづられた大河ドラマで、ハプスブルク帝国臣民、ハンガリー国民、そしてユダヤ人と重層的な民族的アイデンティティーの葛藤が描き出されていた。こちらもおすすめだ。

【データ】
原題: Szabadság, szerelem(愛、自由) 英題:Children of Glory
監督:クリスティナ・ゴダ
製作:アンドリュー・G・ヴァイナ
2006年/ハンガリー/120分
(2007年12月9日、シネカノン有楽町2丁目にて)

|

« 駄弁、日本の近代について。 | トップページ | 佐野眞一『枢密院議長の日記』 »

映画」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/197828/17327871

この記事へのトラックバック一覧です: 「君の涙 ドナウに流れ──ハンガリー1956」:

« 駄弁、日本の近代について。 | トップページ | 佐野眞一『枢密院議長の日記』 »