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2007年11月21日 (水)

「呉清源──極みの棋譜」

「呉清源──極みの棋譜」

 日本の棋士・瀬越憲作(柄本明)に見出された中国の少年が家族と共に日本へ招かれた。呉清源──私は囲碁を全く知らずほとんど打ったこともないが、それでもこの名前くらいは知っていた。その天賦の才能を見込まれた呉は日本で修行に励む。時はあたかも中国と日本との関係に暗雲の垂れ込めた1930年代。勝負の緊張感もさることながら、中国人である彼への風当たりも強い。日本での恩人に先立たれ、自身も結核に倒れ、そうした苦しみの一切を昇華させるかのように、碁という次元を超えた深淵に何かをつかもうと求道的にもがく姿を描く。

 この映画でも呉清源の盟友として登場する木谷実名人(仁科貴)が、本因坊秀哉・永世名人の引退碁で対局した数ヶ月間を、川端康成『名人』(新潮文庫、1962年)はルポ的に描いている。それこそ芸術的なまでのこだわりで棋譜を組み立てようとする旧世代の美意識と、勝負事として合理的に割り切る新世代とのちょうど狭間に立った人物として川端は秀哉を描写する。二人の対局は単に局面の戦略を立てるばかりでなく、全精神を張り詰めた神経戦の様相すらうかがえ、消耗の激しさが目を引く。この映画の主役・呉清源にしてもそうだが、ある種の精神性へ傾倒してゆくのも納得できる。

 本書には呉清源も登場する。その端正な顔立ちを川端は完璧なまでの貴人の相と記しているが、ストイックなオーラも含めて当時の日本で人気があったらしい。その若き日の呉清源を演じるのは台湾の俳優、チャン・チェン(張震)。張りつめたものが危うく崩れかねない繊細な雰囲気を好演している。彼がエドワード・ヤン監督「牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件」に出ていた少年だとは気付かなかった。中国の巨匠が、台湾人俳優を主役に据え、日本を舞台に映画を撮るというのもなかなか感慨深い取り合わせである。なお、川端康成は野村宏伸が演じている。

 田壮壮監督のつくり出す、緊張感が張りつめ静かな清潔さを湛えた映像が実に素晴らしい。木村伊兵衛の写真を見て昭和初期の日本の風景を研究したという。再現された映像のひとつひとつを見ると確かに道具立ては日本なのだが、全体として日本人の監督が撮るのとはまた違った美学が映し出されているようにも感じられる。それがハッとするように美しい。

 上映初日に入ったせいか、ほぼ満席に近い盛況ぶり。高齢の男性が多くを占め、やはり囲碁ファンがこぞって観に来ているのだろう。ひょっとして私が観客中最年少だったのではあるまいか。

【データ】
英題:The Go Master
監督:田壮壮
衣装:ワダ・エミ
出演:チャン・チェン、伊藤歩、仁科貴、大森南朋、野村宏伸、松坂慶子、柄本明、他。
2006年/中国/107分
(2007年11月17日、新宿武蔵野館にて)

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