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2007年11月 1日 (木)

酒井亨『台湾 したたかな隣人』

酒井亨『台湾 したたかな隣人』(集英社新書、2006年)

 台湾の民主化改革において李登輝の果した役割は大きい。だが、恩恵的な“上からの改革”だけでそう簡単に社会が変わるわけではない。台湾政治をウォッチする際、独立か否かという争点に注目が集まり、この軸にそって国民党と民進党との対立関係をまとめるのが日本での一般的な理解だろう。しかしながら、民進党は独立志向というばかりでなく、環境・福祉・人権といったテーマを掲げる中道左派政党としての性格も持っている。こうした主張をもとに“下から異議申し立て”を行う社会運動が台湾社会に根強くあったからこそ民主化の流れが支えられたと本書は指摘する。著者は民進党シンパのジャーナリストである。

 国民党は地方レベルでは利益誘導型の政治を行っていたので、台湾独立志向の人々でも、地域の人間関係の中で国民党支持というケースは多いらしい。総統選挙では独立問題への関心から民進党に投票しても、立法院(議会)や首長など地方レベルの選挙では馴染みのある国民党候補に入れるというねじれも珍しくない。いずれにせよ、国民党と民進党との対立関係=独立問題の是非とは必ずしも言えず、むしろそれ以外の要因で投票結果は左右されることがしばしばある。

 2000年の総統選挙で民進党の陳水扁が当選したが、立法院での民進党の基盤はもろい。そこで、陳は“全民政府”というスローガンを掲げて国民党も政権に巻き込むべく、唐飛・前国防部長(大臣)を行政院長(首相)に任命した。唐は外省人だが性格円満、柔軟なものの考え方ができる人物だという。ところが、閣内不一致で間もなく辞任。ネックとなったのは独立問題ではない。民進党は環境政策を掲げており、国民党政権時代に進められた原発の建設中止を強行したからである。

 少数与党に転落してしまった陳水扁に救いの手を差し伸べたのが李登輝である。国民党は連戦を候補に立てて総統選挙に臨んだものの三位に終わるという惨敗を喫したため(二位は李登輝を批判して国民党を離れ、無所属で立候補した宋楚瑜。彼は後に第二野党・親民党を結成)、責任を取って李登輝は国民党主席を辞任していた。李を支持するグループが国民党を離れて台湾団結連盟(台連)を結成、民進党よりも急進的な独立論を主張する。李登輝は国民党の党籍抹消の処分を受けた。しかし、台連は独立論では民進党と歩調を合わせるものの、内政面では保守的で、民進党内の進歩派とウマが合うわけでもない。また、国民党とて離党者が相次いだことからも分かるように一枚岩ではなく、多元的な政治勢力が台湾政界を彩っている様子がうかがえる。

 そうした中でも、台湾独立志向のトーンは、現状維持か新憲法を制定した上での完全独立かという濃淡の差こそあれ、大方の人々に共有されているようだ。とりわけ、2003年のSARS騒動のとき、台湾は中国の妨害でWHOのオブザーバー資格すら与えられなかったので情報提供を受けられず、被害が拡大した。そのため、親中国派でも台湾意識を強めることになったというのが興味深い。

 民進党も政権をとってから汚職等の問題が起きており、以前のようにクリーンなイメージは薄れている。国民党という巨象に対抗するため、民進党が独立反対派の親民党と手を組む可能性すらあり、独立という原理原則論とは違った局面で数合わせの権謀術数が働く余地もある。しかし見方を変えれば、民進党はそれだけ安定した政治勢力として確立したということだ。政権交代可能な政治勢力が複数あって、はじめて議会制民主政治のダイナミズムは効果的に働く。中道左派の民進党に対して、次は国民党が中道右派政党として生まれ変わることができるかどうか、そこに著者はカギの一つを見ている。

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