「恋恋風塵」
「恋恋風塵」
ワンとホンは幼なじみ。ワンは成績優秀だが家が貧しいので進学できない。台北に働きに出て夜学に通い、後からホンも出て来て仕立屋に勤め始めた。仕事がうまくいかずに苛立ち、職を変えるワン。そんな彼をホンは見守る。二人が連れ立って歩く初々しい姿がほほえましい。しかし、ワンは兵役に取られ、二人の仲は離れ離れになってしまう。やがてホンが別の男と結婚したという知らせが届く──。ほろ苦い青春の細やかな感情の揺れを静かに描き出した作品である。
貧しい苦学生が印刷所で働くという姿はかつての日本でも見られた。ワンが言うように、活字を拾いながら本が読めるから。宮沢賢治「銀河鉄道の夜」のジョヴァンニをふと思い出した。町並みの風景も含め、何となく高度経済成長前の日本を想起させる。もっとも、台湾映画に詳しい田村志津枝さんの本を読んでいると、古き日本情緒を重ね合わせるのは台湾の歴史を無視して安易だと突っ込みを受けてしまうのだが。
いずれにせよ、台湾映画を観ていると、良かれ悪しかれ、日本の影がそこかしこに見えてくるのが気になってしまう。ワンに兵役通知が来たとき、勤め先の親方が語る。俺のときは兵役に行った者の大半が死んで帰ってきた。ジャングルでさまよってな、赤痢って分かるか? 今は三食住まい付きの学校みたいなもんじゃないか、だから心配すんな!という感じに。ジャングル?と気になったのだが、日本統治時代、南方戦線に駆り出されたことだとすぐ気付いた。あるいは、ワンの父は、「俺たち親子は学問につくづく縁がないよな」と語る。「俺なんか、小学校を卒業した途端、言葉が日本語から北京語になっちまったからな」
中国や韓国の場合、日本の影が見えてくる場面では、決まって抗日愛国のモチーフが明瞭に打ち出される。侯孝賢の作品の場合、日本の影はストーリーの後景にあって、直截な政治主張はしない。あとは観客自身が考えるべきと投げ渡してくる。彼のスタイルは総じて説明的なものを排したところに特徴があるわけだが、映画作りとして成熟した感じで、安心して観ることができる。
【データ】
監督:侯孝賢
脚本:呉念真・朱天文
1987年/台湾/110分
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