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2007年10月26日 (金)

團藤重光・伊東乾『反骨のコツ』

團藤重光・伊東乾『反骨のコツ』(朝日新書、2007年)

 團藤重光といえば最高裁判事も務めた刑法の第一人者。私のような法律の素人ですらその高名は知っている。昨日、この本は面白いと友人からメールをもらった。出ているのは知っていた。実は食指が動かなかったのだが、読まないとコメントできないので買った。結論から言うと、読んでも読まなくてもどっちでもいい本だな。

 興味を持ったのは次の二点。第一に、美濃部達吉、牧野英一、平泉澄、三島由紀夫などじかに接触のあった人々の思い出話。第二に、決定論と自由意志論との相克は、時代が違っても姿を変えつつ永遠のテーマなんだなあという素朴な感想。だけど、こんな枠組みに捕らわれている時点でどつぼにはまったようなものだと思うけどね。どちらの立場に立つにせよ、実証的に解明できる問題じゃないんだから。なお、團藤の主体性論の根っこは陽明学にあるらしい。

 ざっと通読したところ、大枠として異論はないんだけど、特に感心するようなこともないなあ。“反骨のコツ”ったって、突き詰めればただの精神論に終わるだけだし。死刑廃止論にも異論はない。ただし、人間の判断の可謬性→死刑は取り返しがつかない、という論点に私は賛成だが、團藤が「人殺し!」と言われて死刑反対の確信を深めたという点についてはどうしても首を傾げてしまう。

 伊東は、法を所与のものとして解釈作業に没頭するのではなく、自ら法を作っていく態度が必要だという。聞こえはいいけれども、個々のレベルにおける法解釈の恣意性を容認しかねないわけで、そこの問題はどのようにクリアするのか読んでても分からなかった。伊東は色々な論拠を持ち出してきて、それはそれで面白いんだけど、結論の導き出し方が情緒的で、私は説得力を感じない。佐藤優が伊東乾『さよなら、サイレント・ネイビー』を激賞していたので読んだことがある。決して悪い本ではない。だけど、そんなに感心するほどかなあ、と?が消えなかった。そもそも私は、ヒューマニティーの普遍性を前提に置いた議論というのがどうにも受け付けられない。良い悪い、ということではなく、好き嫌い、というレベルでね。伊東が言うように、理性よりも先に感情が意思決定するわけですから。

 朝日新書が創刊一周年を迎えた。はっきり言って、ハズレが多い。別に、朝日新聞社に対して悪意はないよ。以前、このブログで『リバタリアン宣言』なる愚書を酷評したことがあるが、あれなんかむしろ“朝日”的な論調とは正反対の論旨だった。賛否を論ずる以前に、内容的な密度が薄い。ラインナップにも魅力がない。保阪正康とか三浦展とかのも読んだけど、他社で出た本の二番煎じじゃないか。私は新書は重宝しているので書店に行くたびにチェックするが、朝日新書の棚はいつもスルーしている。

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