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2007年10月11日 (木)

「サッド・ヴァケイション」

 「Helpless」(1996年)、「EUREKA」(2000年)に続く、青山真治自身の故郷を舞台とした“北九州サーガ”の第三作。「Helpless」からもう十年が経つのか。私自身の年齢もそれだけ重ねていることを思うと、色々な意味合いで感慨深い。乾いたように苛立った、やり場のない焦燥感がこの「Helpless」の静かな映像の中に浮かび上がっていたのが今でも鮮明な印象として残っている。

 「Helpless」で健次(浅野忠信)が先輩の妹で知的障害を負ったユリ(辻香緒里)を連れて消息を絶ってから十年。彼が中国人密航者の手引きをするなど裏社会に生きているシーンから「サッド・ヴァケイション」は始まる。その後、運転代行の仕事にかわったところ、ふとしたきっかけで自分と父を捨てて家出した母・千代子(石田えり)の姿を見かけた。健次は母への復讐を胸に秘めて、彼女の再婚先である間宮運送にもぐり込む。

 母性がテーマの一つとなるらしい。健次の恋人(板谷由夏)との関わり方、借金取りに追われて怯える後藤(オダギリ・ジョー)の頭をなでる梢(宮崎あおい)の姿も描かれているが、何よりも大きいのは千代子の存在感だ。一度捨てた息子をあっけらかんとした表情で受け入れていく千代子の態度は、身勝手とかいうのとは違って、ちょっと不可解なすごみすらある。健次は「親でも子でもない」と捨てゼリフを吐く。しかし、復讐という形であっても母との関係にこだわるあたりには、彼自身の意識の奥底に絡め取られている呪縛が微妙に垣間見えてくる。

 母性は一方では受け入れの原理である。しかしながら他方、ユング的なグレート・マザーのイメージは、そこから自立しようともがく彼をのみこんでしまいかねない恐ろしさの象徴でもある。反発しつつ受け入れを求める、というアンビヴァレントな葛藤を浅野忠信のすずやかな表情はよく浮かび上がらせていた。

 そうしたアンビヴァレンスは間宮運送というコミュニティのあり方にもつながってくるように思う。この会社には社会生活からドロップアウトして居場所のない流れ者が集っている。社長(中村嘉葎雄)は「やめてしまったら、ここにいる人たちはどこに行ったらいいんだ」と慮る。妻の千代子も、健次ばかりか彼が連れてきたユリや中国人孤児までも何の屈託もなく受け入れていく。事情も様々な人々が寄り合って、互いの素性を詮索はしないながらも、借金取りに追われる者がいればみんなで守り合う共同体。そうした緩やかなのに密な人間関係にはどこか暖かみがある。

 ゲゼルシャフト(利益社会)なんて社会学用語を使うと大げさだが、目的合理的に集った社会関係では、反発しつつ受け入れを求めたり、緩やかなのに密接という矛盾した態度の取り方は難しい。これとは違う社会関係の枠組みとしてはどのような形があり得るのか。

 資格を剥奪された元医者の木島(川津祐介)は「偶然なんてのはない、会うべき人には会うべくして会うんだよ」と言う。親子関係にしても、共同体関係にしても、自身の意図とは関係なくその場に自らが組み込まれ、同時に相手も一緒に組み込まれている、そのようにお互いの関係性が“必然”だという感覚が、自覚的かどうかはともかくとしてある。血縁がそうだし、間宮運送のような寄せ集めであっても「会うべくして会った」という自覚が生まれればそれもまた一つの運命共同体となり得る。

 もちろん、こうしたあり方は安心感がある一方で、うっとうしい束縛でもある。しかし、安心か束縛か、どちらに重きを置いても、それなりに人生態度の起点として作用する。束縛→反発→自立というベクトルもあれば、失敗→受容→安心というベクトルも双方向的に働き得る。いずれの態度をも許容する柔軟さとして最も特徴的なのが母性であろう。理念的な話に過ぎないことは重々承知しながらも、このような母性的曖昧さを投影して、千代子という女性の存在感と間宮運送という会社とを重ね合わせながらこの映画を観ていた。

【データ】
原作・脚本・監督:青山真治
出演:浅野忠信、石田えり、宮崎あおい、板谷由夏、オダギリ・ジョー、中村嘉葎雄、川津祐介、光石研、嶋田久作、他。
2007年/136分
(2007年10月10日レイトショー、新宿武蔵野館にて)

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コメント

はじめまして。

「サッドヴァケイション」の中の元医者の木島の台詞
「会うべき人には会うべくして会う」を調べているときに
(映画館でメモをとればよかったのですが…)
このブログに巡り会いました。

私のお気に入りや気になっている映画に関する記事が多いので、
思わず足跡を残したくなりました。

また、お邪魔させて下さいませm(__)m

投稿: トシマヤマネコ | 2007年10月14日 (日) 18時16分

トシマヤマネコさん、どうもはじめまして。

例の木島元医師のセリフは私も実はうろおぼえなんですが、まあこんな感じだったかなあ、と。気になるセリフがあってもすぐには確かめられないもどかしさって確かにありますよね。

いずれにせよ、これからもよろしくお願いします。

投稿: トゥルバドゥール | 2007年10月15日 (月) 09時25分

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