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2007年10月22日 (月)

「多桑」

「多桑」

 「多桑」とは「父さん」のこと。日本語から台湾語に入った言葉にこんな字があてられている。

 ブンケンの「多桑」、セガは大の日本びいき。年齢を聞かれると「昭和四年生まれ」と答え、台湾の新聞はあてにならないと言っていつもラジオの日本語放送を聴いている。気に食わないことがあると「バカヤロ」と日本語で怒鳴り、妻や子供に手をかけるのも日常的。鉱夫をしていたが、時代状況の変化と共に職は徐々になくなり、村も消えてしまった。長年の鉱山生活で肺をやられて、引退後は入退院を繰り返すことになる。

 時は流れ、ブンケンも一人前の家庭を持つ。家には家具があふれ、生活水準が大幅に上がったことが分かる。孫は北京語を使うので、セガとは話が通じない。集中治療室に担ぎ込まれたセガは、先に死んだ友人のことに触れてこう言った。「あいつとは約束してたんだ。子供たちに手がかからなくなったら、一緒に日本へ行って皇居や富士山を見に行こうって」

 私がリアルタイムで初めて観た台湾映画はこの「多桑」だった。たしか新宿歌舞伎町のシネマスクエア東急だったと思う。実はその時、個人的な心配事で居ても立ってもいられず、映画の内容は全く頭に入っていなかったのだが。

 改めて見直してみると、いつも粗暴なセガが時折見せる、ものおもいにふけった哀愁漂う横顔が印象的だ。セガはブンケンに「お前はしっかり勉強しろ、俺みたいな人間になるなよ」と言い聞かせていた。時代は変わって社会全体が豊かになりつつある中、そこに適応できなかった孤独感。自分の力ではどうにもならない自らの置かれた立場に対する苛立ちを、日本びいきという形で吐き出すしかなかった。そうした苦衷が粗暴な振舞いの中から見えてきて痛々しい。

【データ】
監督・脚本:呉念真
製作:侯孝賢
1994年/台湾/144分

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