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2007年10月21日 (日)

台湾について二冊

田村志津枝『台湾人と日本人──基隆中学「Fマン事件」』(晶文社、1996年)

 殴った者は忘れても、殴られた方はわだかまりをひきずってしまうことがある。個人レベルもそうだが、植民地における支配者・被支配者という関係においてそれは一層際立つ。

 1942年2月、基隆中学。すでに三ヶ月前の真珠湾攻撃で太平洋戦争が始まっている。台湾人生徒たちが寄せ書きしたサインブックを日本人生徒が取り上げ、そこに「Fマン」と書かれていたことから一波乱おこる。「Fマン」とは「フォルモサ・マン」、つまり台湾人ということらしい。十六世紀に来航したポルトガル人が「イラ・フォルモサ」(美しい島)と言ったことから、台湾島は「フォルモサ(Formosa)」、もしくは中国語訳で「美麗島」と呼ばれるようになった。日本人生徒はこの「Fマン」から独立運動をたくらんでいると難癖をつけて台湾人生徒を殴り、さらには5人の台湾人生徒が警察に留置される騒ぎとなった。一週間で釈放されたものの、たかが落書きくらいで大げさな事態に発展してしまうあたりに植民地における矛盾が垣間見えてくる。本書は当時の関係者への聞き書きを通して、台湾人と日本人それぞれの植民地支配に対しての受け止め方の違いを浮き彫りにする。

 台湾で育った日本人が内地に帰ると、駅の売り子、港湾労働者、農作業をしているのが日本人であることに、当たり前のことだと頭では理解しつつも驚いたという。台湾人の労働の上にあぐらをかいた日本人という構図がうかがえる。他方、事件で台湾人生徒につらくあたった特高の刑事は沖縄出身者だった。留置所にぶちこまれた当人が、沖縄出身者は内地では差別されていたのだから他の日本人よりは台湾人の気持ちを分かっていたはずだ、と語るのもまた複雑である。

 台湾人の対日感情というのは安易に即断できないデリケートなものをはらんでいる。先日、伊藤潔『台湾──四百年の歴史と展望』(中公新書、1993年)を読んだ。通史としてよくまとまっているのだが、現代史に入ると日本に対して好意的な記述が目立つのが印象に残った。伊藤自身は日本を美化するつもりはないとことわってはいるのだが。たとえば、日本の官吏や警官は高圧的だったが、教師は熱意があって真面目な人が多く、彼らへの尊敬が親日感情のもとになっている。日本は少なくとも法治国家だったので政治犯を投獄することはあっても殺しはしなかったが、国民党は平気で政治犯を殺した、という具合に。伊藤は戦後の日本に留学し、台湾独立運動の支持者として国民党政権が続く限り帰国はかなわないと考えたのか、日本に帰化して日本名を名乗っている。

 台湾には日本と国民党、二つの過酷な支配を受けた経験がある。このどちらに反発するかに応じて、その反転として他方への好意が強まるという感情面での力学が働くのだろうか。どんな日本人に出会ったかという個人的な体験によっても違うだろうし。いずれにせよ、難しい。

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