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2007年9月 6日 (木)

岩田正美『現代の貧困』を読んで

 近年になって社会格差論が急浮上し、その中で貧困の問題も今さらながらにクローズアップされてきた。バブルの崩壊、構造改革の行き過ぎなど原因探しの議論も活発となってはいる。しかし、岩田正美『現代の貧困──ワーキングプア/ホームレス/生活保護』(ちくま新書、2007年)によると、かつては“総中流化”といわれる社会的風潮のかげで覆い隠されていただけで、貧困はずっと問題であり続けていた。

 可能性の問題でいうなら、もちろん誰しも人生の転変で貧困状態に陥ることはあり得る。だが、実際には特定の不利な条件を抱えた人々に統計的に集中しているという点で、ある種の構造的な問題であるといえる。

 第一に学歴の問題。中卒、高卒だと現実問題として就業機会に恵まれない。かつて“金の卵”と呼ばれた頃は、企業内でスキルを身に付けさせるという慣行があった。しかし、それは“即戦力”志向の中で崩れてしまい、学歴も含めて教育上の投資を十分に受けてきた者を企業は採りたがるようになった。また、職人のように、学歴がなくとも“腕一本”、技能と経験の蓄積で立っていく自営業も衰退してしまった。こうした人々は不安定雇用に結びつきやすい。

 第二に家族構成の問題。統計的にみると、非婚と貧困は結びつきやすい。それはまず、収入が低いから結婚できないという解釈もできる。ただもう一つ、支え合う家族がいないため、病気、失業など人生上のリスクへ対応できず、そのまま貧困状態に転落してしまうケースが考えられる。離婚したシングルマザーなどは就業上の関門が極めて狭い。

 また、結婚していなくとも、親など家族からの扶助が期待できれば立ち直れる可能性は高くなる。行政の対策も、基本的には家族福祉を織り込んだ上で立てられている。さらに因果関連の問題として考えると、資産や学歴は家族を通して継承される傾向が統計的にもみられ、貧困転落可能性の階層格差は歴然としている。これは、佐藤俊樹『不平等社会日本』(中公新書、2000年)をはじめ、多くの論者が指摘するようになってきた問題である。

 自助努力はもちろん正論だが、機会の均等が大前提である。と言うと、規制緩和等の問題に結びつける向きもあるが、資産や学歴、広い意味での社会的ステータスの継承による“見えない格差”がある限り、むしろ格差は幾何級数的に拡大・固定化され、それは“見えない”がゆえに正当化もされてしまう。貧困等の問題を固定化された階層、いわゆる“社会的排除”というキーワードが対象とする人々の間には何をやってもムダだという諦めをもたらし、山田昌弘『希望格差社会』(筑摩書房、2004年)が指摘していたように社会の分裂につながりかねない。

 人間が様々な社会的因果連関の網の目の中にいる一つ一つの要因を腑分けしていくのが社会科学の使命であろう。しかしながら、最近、政府の政策に影響力を持つ一部の経済学の議論では、自己責任を強調するばかりで、前提としての個人のケイパビリティー(潜在能力、ただし意味合いに注意)についての考え方がつめられていない。人間の可能性に全幅の信頼を置くのはまことに結構なことではあるが、その極めて楽観的で単純な人間認識は、それこそ“なせばなる”的な精神論としか思えず、私は理解に苦しんでいる。

 以前、知り合いから誘われてホームレスの実態調査に参加したことがある。社会調査の経験など全くないのだが、人手が足りないからと質問項目のペーパーを渡され、いきなり面接調査をやらされて戸惑った。

 「なんか仕事ないかねえ」「あんたから役所に文句言ってよ」とか話してくれる人はまだいい。そうした中、一人いまだに忘れられない人がいた。老けて見えたが、まだ三十代後半だったと思う。何を尋ねても一問一答に終わってしまう。話が続かず、沈黙の間に私は焦った。季節は春、公園の桜の木が目に入ったので、世間話のつもりで「桜がきれいですね」と語りかけた。「そういう人もいるね。俺には関係ないけど」と、話の接ぎ穂がない。完全に心を閉ざしている。無論、初対面なのだから当たり前だろうが、それでも少しずつ聞き出した。何かをして欲しいということにはもう関心がなく、こんな状態に落ちてしまったこと自体が耐え難い、そしてそれは他ならぬ自分のせいなのだから仕方ない、そういう完全な諦めが感じられた。

 衣食住の問題は財政的な余裕さえあれば何とかなる。仕事に就く上で支障となっている住所や保証人の問題も制度的な対応を考えることはできる。しかし、そういった物理的・法制度的問題はともかく、本人の後悔、自尊心の問題、これは他人には手をつけることはできない。どうしたらいいのかさっぱり分からず、いまだに気にかかっている。

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コメント

格差は小泉政権からの「小さな政府」=市場原理主義=弱者きりすてが原因です。ニートなどやる気のなさとは別の問題です。このままでは二極化の階層社会となり、たくさんのひとが生活を圧迫されたり医療を受けられず死にます。プロパガンダに騙されないで下さい。植草一秀「知られざる真実」を読んでみて下さい。

投稿: 愛 | 2007年9月 6日 (木) 22時32分

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