保阪正康『陸軍省軍務局と日米開戦』
保阪正康『陸軍省軍務局と日米開戦』(中公文庫、1989年)
1941年、東条英機内閣成立から開戦にいたる経緯を、当時陸軍省軍務局にいた高級課員・石井秋穂と局長・武藤章を軸に描いたノンフィクションである。武藤は、GHQと取引きした田中隆吉(開戦時の陸軍省兵務局長)と犬猿の仲だったため、戦後、田中の意図的な讒言により東京裁判で死刑判決を受けたといわれている。
武藤自身もともと主戦論者ではあったが、日米間の物量的に圧倒的な差をみて、何よりも天皇が戦争回避を望んでいるのを知って、より強硬な主戦論で気炎を上げる参謀本部を説得しようとギリギリの調整に努力していたことは本書で初めて知った。しかし、参謀本部の感情論はなかなかおさまらないばかりか、海軍や文官を相手にすると、むしろ同じ陸軍としてのシンパシーが作用してしまう。明治憲法に規定されたいびつな政軍二元体制を頂点とするセクショナリズムのせいで日本は破滅への道をたどったと言っても過言ではあるまい。
軍務局というのは二・二六事件後に設置された比較的新しい部局で、陸軍側の意向を広めるため他省や議会に根回しをするほか、マスコミとつるんで世論対策も行っていた。予算案において陸軍の枠を拡大させるという、“国益”よりも“省益”を守るために強硬論をぶち上げていたものが、本来の思惑をはるかに飛び越えてヒョウタンから駒という感じに戦争は当然という風潮につながってしまった。
参謀本部などはそれを信じ込んでしまっている。陸軍の中でも割合と冷静な軍人たちは開戦の可能性を考えてむしろ躊躇してしまうのだが、戦争やむなしと信じ込んでいる観念論者に理屈で反論することはできない。そうした雰囲気の中、石井は日米交渉の電文が解読されているのではないかと気付いていたのだが、それを言い出せないでいた。そんなこと言おうものなら“軟弱者!”となじられてしまう。まさに、“空気”の支配で対米戦争に突き進んでいく様が本書ではヴィヴィッドに描かれている。開戦がほぼ避けられないと見て取った武藤が「政治将校の時代はこれで終わりにしなければならない」と漏らしているのが印象深い。
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