藤村安芸子『石原莞爾──愛と最終戦争』
藤村安芸子『石原莞爾──愛と最終戦争』(講談社、2007年)
政治史・軍事史などキナ臭い関心から取り上げられることの多い石原莞爾だが、本書はむしろ感性的なレベルから彼の内在的な思索に迫ろうと試みている。かなり抽象的な論考で、文章がこなれている割には必ずしも読みやすくはないが、独特な石原莞爾イメージをつくり出しているのは新鮮に感じた。
キーワードは“へだて”と“かかわり”、そして“結びつき”ということになるのだろうか。男女という個人的なレベルであっても、対米関係という世界史的なレベルであっても、互いの間に深い溝が横たわっている。そして、現世において究極的にはなかなか感得できない“真理”の世界。そういった“へだて”を乗り越えようとするところに人間の本質がある。
その乗り越えるという努力の根源的な表われとして石原は戦争を捉えているのだという。無論、戦争という悲惨事は避けるにこしたことはない。しかし、悲しいことに人間というのは不完全な存在で、抽象的にではなく、具体的に身を以て訴えかける形でなければ何も分からない。つまり、一対一での全力を尽くした戦いを通してこそ、互いの“結びつき”の契機が現われる。この積み重ねによって、日本は天皇を中心にまとまり、最終戦争を通してやがて世界は一つとなる。同時に戦いは、目に見えて手で触れられるものしか理解しようとしない我々が、死力を尽くして自らの身を投げ出すことで“超越”へと迫るきっかけともなる。
つまり、石原が一貫して求めていたのは、他者との“かかわり”、そして絶対的な真理との“かかわり”のあり方であって、“戦争”はその不可避的な手段として位置づけられていたという。
地図=大地を歩くイメージや妻・銻の存在をクローズアップしたあたりにも本書の特色がある。どこまで説得力を持つのかにわかには判断しかねるが、少なくとも石原莞爾という人物について多面的な読みの可能性を開いた点では興味深い作品だと受け止めている。
「再発見日本の哲学」(菅野覚明・熊野純彦責任編集)というシリーズの一冊だが、他にも廣松渉、大森荘蔵、小林秀雄、折口信夫、北一輝、平田篤胤など私自身興味を持っている魅力的な人物がラインナップに並んでおり、楽しみにしている。
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