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2007年9月13日 (木)

保阪正康『瀬島龍三──参謀の昭和史』

 先週、瀬島龍三氏逝去の報に接し、新聞各紙や夜のテレビニュースをチェックした。第二臨調で行政改革の根回し役を務めるなど政財界の裏方で活躍したことに肯定的な論評の一方で、半藤一利、保阪正康、魚住昭各氏のコメントが「彼は結局、語るべきことを語らないままだった」という点で共通しているのが強く印象に残った。

 瀬島は何も語らなかったわけではない。『幾山河』という回顧録も出版している。しかし、半藤氏や保阪氏など瀬島に直接インタビューした経験のある人々は、核心に踏み込むと巧みに話をそらされてしまったと不満を漏らしている。瀬島が大本営参謀として立てた作戦の失敗により多くの人々が命を落としたといわれるが、なぜその経緯を明らかにしないのかと厳しく批判する元軍人も少なくなかったという。

 山崎豊子『不毛地帯』の主人公のモデルは瀬島だとよくいわれる。しかし、実際には、取材を進めたシベリア帰りの多くの人々のエピソードを組み合わせて山崎は人物造型をしており、瀬島はその一部分に過ぎない。彼はこの作品に敢えて言及しないことで、その良いイメージが自らにかぶせられていくのを計算していた節もあるらしい。いずれにせよ、この人のことを私はよく知らないので保阪正康『瀬島龍三──参謀の昭和史』(文春文庫、1991年)を手に取った。

 瀬島は、太平洋戦争において軍部の中枢におり、重要な作戦や軍政についての意思決定の有様を間近で見聞きしていた。彼自身に対しても、自らの作戦立案に不都合な情報を握りつぶした疑いがある。また、シベリア抑留中にソ連側との交渉役として果たした役割、東京裁判でソ連側の証人となった経緯などについてもきちんと語ることはなかった。そのため、ソ連のスパイ説がまことしやかに噂されたほどだ。

 難関中の難関を突破したエリート軍人だけあって、瀬島の頭脳は極めて明晰。場の空気というか、上司の腹のうちを的確に読み、それを踏まえて立案をする能力に長けていた。しかし、第二臨調の時もそうだったらしいが、与えられた課題をこなすために状況を読んで根回しを進める手際は鮮やかであっても、自らの意見を語ることは意外なほどになかったという。それが“昭和の参謀”と呼ばれる所以でもあったろうか。毀誉褒貶は別として、昭和期エリートのメンタリティーが瀬島という一個人を通して窺えるのが興味深い。

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