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2007年8月17日 (金)

広島の原爆について色々と

 このお盆休みには原爆関連の本を、特に広島について読みあさっていた。

 原爆というテーマで取り合えず一冊手に取るとしたら何を選ぶだろうか。原民喜『夏の花』がまず思い浮かんだ。『原民喜戦後全小説』(上下、講談社文芸文庫、1995年)に目を通す。原は妻を亡くして広島の実家へ戻っていた折に被爆。目の当たりにした光景をとにかく書きつけたノートが「夏の花」のもととなっている。「美しき死の岸に」は亡くした妻への想いを綿々とつづっているが、何か女々しいなあと思いながらパラパラめくっていたら、不遇をかこつ中、不器用で傷つきやすい感受性がどこか放っておけない感じで、いつしか読み込んでいた。とりわけ、自殺を目前にして事実上の遺書となった「心願の国」。被爆体験をもひっくるめて自らの人生をリリカルに昇華させようと不思議にロマンティックな切迫感がすごく良い。

 原と同様、被爆した作家として書かねばならないという義務感から生まれた作品として大田洋子『屍の街』(私は『ふるさと文学館第四十巻 広島』ぎょうせい、1994年で読んだ)も知られている。具体的な描写はGHQのプレスコードにひっかかって出版までには紆余曲折があったらしい。筆致は冷静で、たとえばこんなくだりもある。「あたりまえな人たちは、怪我をしていないというそれだけの違いでも、負傷者たちを、元々きたない乞食ででもあるように扱った。言葉や態度を横柄にし、見下げたようにしか扱わなかった。このような人間心理をも、それから罹災者たちは罹災者たちで、まだ焼け出されて二日か三日しか経っていないのに、元々自分が哀れな人間ででもあったかのように卑屈になってしまう心理をも、私は奇異に思わないではいられなかった。」だから人間は醜いと決め付けるつもりはなく、極限状態にあった人間心理を突き放して見つめる視線はいかにも作家らしい。

 井伏鱒二『黒い雨』(新潮文庫、1970年)は、原爆症を疑う義理の娘の結婚問題をきっかけに、主人公がそのやりきれない思いを込めて8月6日から15日までの出来事を手記につづるという形式で、原爆の惨状が細かに描かれている。井伏自身は被爆者ではないが、実際に被爆した人々の手記を組み合わせているらしい。

 原爆症のおそれと結婚問題というテーマはよく取り上げられる。井上ひさしの戯曲『父と暮せば』(新潮文庫、2001年)やこうの史代のベストセラー漫画『夕凪の街・桜の国』(双葉社、2004年)では、原爆症の懸念ばかりでなく、8月6日の光景がいつまでも脳裏から離れず「自分だけ幸せになるわけにはいかない」という呪縛との葛藤が描かれている。

 なお、こうの作品のタイトルは大田洋子の過去の作品とかぶるが、意識して付けられたのだろうか。漫画といえば中沢啓治『はだしのゲン』はわざわざ言及するまでもあるまい。最近公開されたスティーヴン・オカザキ監督「ヒロシマナガサキ」にも中沢氏は出演していた。

 被爆者の手記を読むのはやはりきつい。『原爆体験記』(朝日選書、1975年)は原爆投下から5年後にすでに編まれていたが、大田洋子『屍の街』と同様、GHQのプレスコードにひっかかって出版にこぎつけるまでかなりの時間を要している。原爆をめぐるGHQのプレスコードについては堀場清子『原爆 表現と検閲』(朝日選書、1995年)に詳しい。長田新編『原爆の子』(上下、岩波文庫、1990年)は被爆後6年目に子どもたちの書いた手記を集めている。語彙は乏しくとも、その分、余計な修飾がないだけに端的につづられた記録は身につまされる。神田三亀男編『原爆に夫を奪われて──広島の農婦たちの記録』(岩波新書、1982年)は、義勇隊として動員されていた夫がみな被爆死した農村の女性たちの聞き取りで、これも貴重な記録である。

 林重男『爆心地ヒロシマに入る』(岩波ジュニア新書、1992年)は原爆投下後二ヶ月ほどの時点での広島と長崎の写真を自ら撮影した経緯を記している。廃墟の光景しか映っていないが、それだけ破壊力のすさまじさが窺われる。被爆直後の広島の写真というのは意外と少なく、中国新聞カメラマンだった松重美人(よしと)氏の撮った5枚があるくらいで、『ヒロシマはどう記録されたか』(NHK出版、2003年)にその背景解説と共に収録されている。黒焦げになった赤ん坊を抱えた女性の姿が映っており、眼を思わずそむけてしまった。さらにショッキングなのは、『写真で見る原爆の記録』(原水爆資料保存会、1956年)である。松重カメラマンによる広島の写真も収録されているが、長崎に関しては広島とは異なり被爆直後の写真が多く残されている。気の弱い人は見ない方が良い。なお、映画「ヒロシマナガサキ」でも映し出される。

 広島についてはヴィジュアル的な記録が少ないため、記憶を絵に描きとめておく試みがなされた。『原爆の絵──広島の記憶』(NHK出版、2003年)にその経緯がまとめられているが、図書館で貸出中だったので私は未読。丸木位里・俊『ピカドン』という絵本もよく知られている。私は大江健三郎『ヒロシマ・ノート』(岩波新書、1965年)の各章扉カットに使われているので見たが、原本はやはり未見。

 『写真で見る原爆の記録』は原水協の編纂になる本だが、冒頭に三人の被爆者の手記が掲載されている。いずれも、被爆者であるがゆえに差別された経験が吐露されている。風呂屋で二度と来ないでくれと言われ、夫にも捨てられた女性。結婚したものの姑から邪険にされる女性。体の不調を訴えると怠け者と上司から言われてしまう男性。被爆者であると分かると就職や結婚に響くので被爆者手帳の交付を敢えて受けないという人もいた。中条一雄『原爆と差別』(朝日新聞社、1986年)はさらに踏み込み、“平和運動家”の“善意”がかえって被爆者に特殊な烙印を押す結果となってしまう逆説を激しい口調でえぐりだしている。“平和運動”の不毛な政治性については大江健三郎『ヒロシマ・ノート』でも取り上げられている。

 広島の原爆をめぐる問題の全体像をつかむには『ヒロシマはどう記録されたか』がとても便利だった。NHK広島支局と中国新聞の原爆報道の軌跡をたどるという趣旨だが、分厚い本だけに様々なテーマが網羅されている。七月に撃墜されて捕虜となった米兵が「ここにいたら死ぬ、近いうちに広島が全滅するような爆弾が投下される」と言っていたこと、原爆投下直後に政府から調査団が派遣された経緯などは初めて知った。放送というテーマでは『幻の声──NHK広島8月6日』(岩波新書、1992年)という本もある。

 高田純『核爆発災害──そのとき何が起こるのか』(中公新書、2007年)の第一章は放射線科学の立場から広島の核爆発の瞬間を分析している。爆心地のすぐ近くでも生き残った人がいたが、生死を分けた偶然の原因が科学的に解明されており、興味深い。

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   東京大空襲 3/10/1945 広島vs長崎問題というのをご存じでしょうか。史上初めて原爆を落とされた広島が世界で脚光を浴びるのに対し同等な被害を受けた長崎がどうしても小さく扱われることに対する、長崎関係者の嘆きです。 ずいぶんくだらない、とわたしはおもいます。さらに誤解がありますが、原爆を特別に大きく取り上げることに私は反対します。広島の原爆追悼式も取りやめるべきだと思っています。 原爆は、当時のニッポンのほとんどの大都市が受けた無差別爆撃のひとつでし... [続きを読む]

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