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2007年8月30日 (木)

昔の鉄道路線図を眺める

 小学校にあがるかあがらないかくらいの幼い頃、子供向けの鉄道百科シリーズが好きだった。車両には全く興味がなく、もっぱら全駅の写真付きデータを読みふけっていた覚えがある。行ったことのない土地について想像をふくらませ、胸をワクワクさせていた。

 だが、その頃からすでに赤字路線の第三セクター化、場所によっては廃線という流れが始まっていた。鉄道路線網の総距離という点での最盛期は1970年代くらいだろうか。あの当時の雰囲気のよすがでも知りたいと思い、種村直樹『時刻表の旅』(中公新書、1979年)、『終着駅の旅』(講談社現代新書、1981年)、『駅を旅する』(中公新書、1984年)といった本を読んでみた。全線乗車の体験をもとにローカル駅の情景が書き留められている。無論、行ったことはないのだが、知っている駅名を見るだけでなつかしく感じる。

 鉄道路線網の興廃は、日本現代史の一側面を映し出している。『廃線入り 全国鉄道路線案内図』(人文社、2006年)を眺めていたら、廃線がとりわけ目立つのは北海道、ついで福岡。炭鉱地帯の路線が多い。鉄道が敷設されるには地域に応じてそれぞれの事情があるわけだが、廃線された路線をみると、①石炭・木材など資源運搬用、②軍事用、といった目的で敷かれ、戦後の情況変化によって不採算路線に転落したケースが多いようだ。

 そもそも軍事目的の場合、経営的な採算性は最初から度外視されている。先日、広島に行ったとき、広島駅と広島湾の軍港を結ぶ宇品線の廃線跡に立ったが、この路線は日清戦争直前にわずか16日間の突貫工事で完成されたものだ。しかし、戦後は旅客輸送に転用されたものの、市電に競り負けて廃線となった。

 戦争中の復刻地図が収められている『昭和19年の鉄道路線図と現在の鉄道路線図』(塔文社、2004年)を買い求め、曽田英夫『時刻表昭和史探見』(JTB、2001年)を参考書として傍らに置きながら眺めた。面白いと思ったのは、第一に現在の鉄道路線網の基本形は昭和19年の時点でほぼ出来上がっていること。第二に、樺太、台湾、朝鮮半島、そして旧満洲国の路線図まで収録されていること。

 宮脇俊三『時刻表昭和史』(角川文庫、2001年)だったと思うが、東京から旧満洲国の新京までを一本に結ぶ時刻表が掲載されているのを見て驚いたことがある。特急つばめ号で下関へ、そして関釜連絡船で釜山に出て朝鮮鉄道・満鉄直通列車という乗り継ぎ。当時の日本は大陸国家だったんだと不思議に感慨深い。

 蛇足ながら、俊三の父・宮脇長吉は陸軍出身の政治家で、政友会所属の代議士だった。退役軍人ではあるが軍国主義の風潮には批判的で、後の翼賛選挙では非推薦で立候補、しかし落選。戦局もおしせまった時期に俊三が父と一緒に列車に乗った折のこと、偉そうに座席を占領する若い将校を長吉が苦々しげに一喝するシーンが『時刻表昭和史』に描かれている。ちなみに、長吉は“黙れ事件”の当事者である。国家総動員法案の審議に政府委員として答弁にあたっていた陸軍省の佐藤賢了が、議員たちの野次に対して「黙れ!」と怒鳴りつけて問題化した事件だが、実はこの時、佐藤は「黙れ、長吉!」と言ったらしい。佐藤は、宮脇が陸軍士官学校教官だった時の教え子だった。

 昭和19年の路線図を眺めていて、淡路島と沖縄にも鉄道があったのは意外だった。沖縄は平成15年に開業したモノレールが初の鉄道とばかり思い込んでいたのだが、沖縄県営鉄道が昭和20年4月まで運行していた。しかし、沖縄戦のあまりの激しさで鉄道施設は完全に壊滅し、米軍占領下に入っても復興されることはなかったという。

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