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2007年8月 7日 (火)

「天然コケッコー」

 小中学生あわせてたった6人の分校に東京から転校生がやって来る。歓迎準備で教室は上を下への大騒ぎ。最上級生、中学二年生の右田そよ(夏帆)も初めての同級生ということでそわそわと落ち着かないが、現われた大沢広海(岡田将生)のつっけんどんな態度に反発してしまう。つかず離れずの関係となる二人、しかし青春ものにありがちな甘ったるい感じは意外としない。一年間という時間が徐々に経過する中で、それぞれに抱えた戸惑いが少しずつ変化していく様子がほの見えてくるのが良い。

 私にはいわゆる田舎というのがないので、こうした山あいにある村の風景には過剰にあこがれを持ちやすい。たとえば、河瀨直美監督「萌の朱雀」に対して抱いた思い入れがそうだった。逆に、最近観た「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」ではうっとうしくまとわりつく過去の足かせという感じ。ゆったりと包まれるぬくもりを感じるか、忌々しい拘束と感じるか、人によって受け止め方は違う。

 この映画では、人の関係がとにかくゆっくりしている。そよは父(佐藤浩市)の不倫を疑う。分かってか分からないでか、母(夏川結衣)はさらりと受け流す。子供心には深刻に受け止めざるを得ないことであっても、村の鈍感と言ってしまえるほどにゆるい空気は大きく包み込んでしまう。

 そよを演じる夏帆は、むしろ都会っ子としか思えないくらいに線が細い。だが、良い意味で泥くさい感じに馴染んで(どんな意味だ?)制服姿が素朴にかわいい。何よりも、ほんの些細なことにも過敏となって、時には空回りしかねない気持ちの揺らぎを表情でよくあらわしていた。とても良い。

 毎朝繰り返される集団登校の光景。しかし、四季の移り変わりは彼女たちの姿を決して単調なものにしない。「もうすぐ消えてしまうと思うと、ひとつひとつがいとおしくなってくる」というセリフが印象に残る。中学卒業の、最後の日の教室。広海とぎこちないキス。今まで自分たちを見守ってきてくれた教室の黒板に、落ち着いた面持ちでキス。白いカーテンが風にはためき、陽光が教室へおだやかに差し込む。カメラの視点がゆっくりと動き、高校の制服を身にまとったそよが窓から教室の中をのぞき込んでいる。これから彼女がどんな人生を歩むにせよ、ここで過ごした時間が、踏みしめるべき確固たる足場となっていることは間違いない。

 くらもちふさこの原作漫画を読んだのはかなり前で、内容はほとんど忘れていた。主人公の右田そよという名前だけはなぜかしっかり記憶していたので妙にもどかしく思っていたところ、そよがいつも面倒を見ていた女の子が「そよちゃーん!」と甘えるように抱きつくシーンで原作のタッチが急に思い出された。渡辺あやの脚本は原作の良さをうまく引き出している。

【データ】
監督:山下敦弘
原作:くらもちふさこ(集英社)
脚本:渡辺あや
2007年/121分
(2007年8月6日レイトショー、新宿武蔵野館にて)

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