「ヒロシマナガサキ」
資料映像がしばらく流れた後に映るのは渋谷・原宿の若者たち。「1945年8月6日に何があったのか知ってる?」とマイクを向けられ、屈託なく「分からない」と答える。“若い世代は歴史を忘却している”というお決まりのパターン。そういうお説教映画かとイヤな感じの出だし。
しかし、全篇を通して見ると良心的に作られているように思う。被爆者と、原爆投下に直接関わったアメリカ人、それぞれのインタビュー映像を組み合わせて構成されており、余計なナレーションは一切ない。過剰な感傷は排して、観客はひたすら彼らの語りをかみしめる。原爆が炸裂した瞬間を、投下した側、被爆した側、両方の回想を並べて浮き彫りにしているあたりなど興味深い。
資料映像を通して、アメリカ側の日本イメージが簡潔に示される。たとえば、元駐日大使ジョゼフ・グルーの「日本人は我々とは思考回路の全く異なる狂信者だ」という趣旨の演説からは、日本への原爆投下やむなしというアメリカ側の空気がよくうかがわれる。ただ付け加えると、知日派としてのグルーはアメリカ政府の対日政策をまだマシな方へ舵取りしたキーパーソンであったことにも留意しておこう(たとえば、平川祐弘『平和の海と戦いの海』(講談社学術文庫、1993年)や五百旗頭真『日米戦争と戦後日本』(講談社学術文庫、2005年)を参照)。
自らの体に刻印された被爆の傷跡をカメラの前にさらけ出しながら語られる肉声。単に被爆した瞬間だけでなく、60年にもわたって続いてきた苦しみにはコメントなどできない。ある女性は、姉妹二人生き残ったが、その後の貧しさ、そしてはっきりとは言わないが周囲から向けられる偏見により、妹が鉄道自殺してしまったという。「ギリギリになると人には死ぬ勇気と生きる勇気が並べられるのだと思います。妹は死ぬ勇気を選び、私は生きる勇気を選んだのです」という言葉が胸に残った。
岩波ホールで観たのは本当に久しぶりだ。上映開始30分前に行ったのだが、すでに受付には行列ができており、満席。観客の年齢層は高めだった。
【データ】
原題:White Light/Black Rain
監督:スティーヴン・オカザキ
2007年/アメリカ/86分
(2007年8月16日、岩波ホールにて)
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